大人はなぜ止められなかった
投稿者: nikkeiyokuyomu555 投稿日時: 2004/04/11 14:10 投稿番号: [23969 / 280993]
18歳で単身乗り込んだ今井さん
「早く撤退を」政府に責任転嫁する声も
イラク邦人人質事件の被害者のうち、今井紀明さん=札幌市=は今春、高校を卒業したばかりの十八歳だ。劣化ウラン弾に関心を示し、高三で「NO小型核兵器サッポロ・プロジェクト」という市民団体の代表に就いた。家族以外にも周りには同じ興味を持つたくさんの大人がいた。「退避勧告」が出ている危険地帯に、自らの意志で足を踏み入れた末、事件に遭遇した今井さんだが、彼を知る大人たちを取材すると、体を張るような引き留めはみられず、政府に責任を転嫁する声も聞かれた。周囲の大人が、結果的に未成年者のイラク入りを許してしまった「問題」も浮かんでくる。
「『劣化ウラン弾の恐ろしさに関する分かりやすい絵本をつくりたい』といっていた。純粋な動機で行くのに、どうしてやめろと言えるでしょうか。『行くな』という気持ちと『がんばれ』という気持ちと半々でした」。上京中の今井さんの母、直子さん(五一)は九日夜の記者会見で率直な心情を問われる質問にこう答えた。兄の洋介さん(二三)も「本人も行くべきかどうか葛藤(かっとう)していた。私も行ってほしくない気持ちはあったが、やりたいことをやるのだから、反対できなかった」。
今井さんは、劣化ウラン弾の廃絶を訴える活動で多くの大人と知り合いに。東京の弁護士、伊藤和子さん(三七)は今月一日、イラク行きを打ち明けられていた。伊藤さんは平成十年に埼玉県立所沢高校で「日の丸・君が代」を拒絶する生徒が卒業式をボイコットして問題化した際に生徒側に立った弁護士だ。
伊藤さんは「危険だからやめたほうがいい」と言葉をかけたが、今井さんは使命感を燃やしていたという。「気をつけて」と言葉をかけるのが精いっぱいだった。
映画監督の鎌仲ひとみさん(四五)は「イラクに行けば、劣化ウラン弾の被害にあうかもしれないと思って強く止めた。今井さんもしばらく考え込んでいた」。一方で「私だって反対したが結局止められなかった。そもそも、自衛隊が行くこと自体が間違っている」と、矛先を政府に向ける。
今井さんは、劣化ウラン弾に関する撮影活動を続けているフォトジャーナリストの森住卓さん(五三)にあこがれていた。バグダッドで合流する予定だった森住さんは十日に帰国、「今井さんのように危険を顧みず行動する若者がいるのだから、日本も捨てたものではない。一刻も早く自衛隊を撤退させるべきだ」とここでも矛先は政府に。「森住さんが誘拐されたら、政府にどうしてほしいか」との質問には「人命を最優先すること」とだけ答えた。
今井さんが地元で代表を務める団体の世話人である大学非常勤講師(五三)によると、今井さんが設立を言いだしたため、若くても代表になった。「新しい発想が必要で若い人にやらせよう」と、この講師のほか、今井さんの趣旨に賛同した出版社社長や弁護士ら十数人の大人が周囲を固めた。
講師はイラクに行く今井さんに「気をつけていかないと危ないよ」と声をかけただけだった。大人は極力口を挟まない方針で、何かあったときは大人たちがカバーすることになっていたが、今回の一大事に大人ができることは署名運動という厳しい現実。
団体に所属する出版社社長の日色無人さん(四一)はイラク行きを引き留めたかどうかの質問には明言をさけ、「彼がイラクに行くのは運命だった」。弁護士の小坂祥司さん(四六)は「子供が興味本意で行ったというふうにとらえてもらっては心外」と話すが、渡航の判断は今井さんに任せた。
今井さんが所属している別の市民団体を運営する七尾寿子さん(五一)は「今井さんの母親が『意志が固く、言うことを聞かない』と言っていたので、彼に声はかけなかったが、私も若かったら同じようにしていたかも」と、自分ができないことを今井さんに託したことをにじませた。
中村敦夫参院議員(六四)は出発前日の二日に劣化ウラン弾使用を禁止する議員連盟の設立要請を今井さんから受けた。「リスクが伴うのは承知で行くのだから、激励も止めもしなかった。今の事態を考えれば、個人的には心が痛む」と話した。
◇
≪認識や想像力が欠如 評論家、塩田丸男さんの話≫
「周囲の大人たちには民間人が人質にとられることによって、どのような事態になるのかという認識や想像力が欠けていたのではないか。自分自身やマスコミにも、そうした報道が十分だったかという反省点もあるが、事件は日本だけではなく世界的な問題になっている。政府の責任追及や自衛隊撤退を主張するだけではなく、そうした問題と人質事件を混同せず、別個の問題として冷静に対処していく必要がある」
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「早く撤退を」政府に責任転嫁する声も
イラク邦人人質事件の被害者のうち、今井紀明さん=札幌市=は今春、高校を卒業したばかりの十八歳だ。劣化ウラン弾に関心を示し、高三で「NO小型核兵器サッポロ・プロジェクト」という市民団体の代表に就いた。家族以外にも周りには同じ興味を持つたくさんの大人がいた。「退避勧告」が出ている危険地帯に、自らの意志で足を踏み入れた末、事件に遭遇した今井さんだが、彼を知る大人たちを取材すると、体を張るような引き留めはみられず、政府に責任を転嫁する声も聞かれた。周囲の大人が、結果的に未成年者のイラク入りを許してしまった「問題」も浮かんでくる。
「『劣化ウラン弾の恐ろしさに関する分かりやすい絵本をつくりたい』といっていた。純粋な動機で行くのに、どうしてやめろと言えるでしょうか。『行くな』という気持ちと『がんばれ』という気持ちと半々でした」。上京中の今井さんの母、直子さん(五一)は九日夜の記者会見で率直な心情を問われる質問にこう答えた。兄の洋介さん(二三)も「本人も行くべきかどうか葛藤(かっとう)していた。私も行ってほしくない気持ちはあったが、やりたいことをやるのだから、反対できなかった」。
今井さんは、劣化ウラン弾の廃絶を訴える活動で多くの大人と知り合いに。東京の弁護士、伊藤和子さん(三七)は今月一日、イラク行きを打ち明けられていた。伊藤さんは平成十年に埼玉県立所沢高校で「日の丸・君が代」を拒絶する生徒が卒業式をボイコットして問題化した際に生徒側に立った弁護士だ。
伊藤さんは「危険だからやめたほうがいい」と言葉をかけたが、今井さんは使命感を燃やしていたという。「気をつけて」と言葉をかけるのが精いっぱいだった。
映画監督の鎌仲ひとみさん(四五)は「イラクに行けば、劣化ウラン弾の被害にあうかもしれないと思って強く止めた。今井さんもしばらく考え込んでいた」。一方で「私だって反対したが結局止められなかった。そもそも、自衛隊が行くこと自体が間違っている」と、矛先を政府に向ける。
今井さんは、劣化ウラン弾に関する撮影活動を続けているフォトジャーナリストの森住卓さん(五三)にあこがれていた。バグダッドで合流する予定だった森住さんは十日に帰国、「今井さんのように危険を顧みず行動する若者がいるのだから、日本も捨てたものではない。一刻も早く自衛隊を撤退させるべきだ」とここでも矛先は政府に。「森住さんが誘拐されたら、政府にどうしてほしいか」との質問には「人命を最優先すること」とだけ答えた。
今井さんが地元で代表を務める団体の世話人である大学非常勤講師(五三)によると、今井さんが設立を言いだしたため、若くても代表になった。「新しい発想が必要で若い人にやらせよう」と、この講師のほか、今井さんの趣旨に賛同した出版社社長や弁護士ら十数人の大人が周囲を固めた。
講師はイラクに行く今井さんに「気をつけていかないと危ないよ」と声をかけただけだった。大人は極力口を挟まない方針で、何かあったときは大人たちがカバーすることになっていたが、今回の一大事に大人ができることは署名運動という厳しい現実。
団体に所属する出版社社長の日色無人さん(四一)はイラク行きを引き留めたかどうかの質問には明言をさけ、「彼がイラクに行くのは運命だった」。弁護士の小坂祥司さん(四六)は「子供が興味本意で行ったというふうにとらえてもらっては心外」と話すが、渡航の判断は今井さんに任せた。
今井さんが所属している別の市民団体を運営する七尾寿子さん(五一)は「今井さんの母親が『意志が固く、言うことを聞かない』と言っていたので、彼に声はかけなかったが、私も若かったら同じようにしていたかも」と、自分ができないことを今井さんに託したことをにじませた。
中村敦夫参院議員(六四)は出発前日の二日に劣化ウラン弾使用を禁止する議員連盟の設立要請を今井さんから受けた。「リスクが伴うのは承知で行くのだから、激励も止めもしなかった。今の事態を考えれば、個人的には心が痛む」と話した。
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≪認識や想像力が欠如 評論家、塩田丸男さんの話≫
「周囲の大人たちには民間人が人質にとられることによって、どのような事態になるのかという認識や想像力が欠けていたのではないか。自分自身やマスコミにも、そうした報道が十分だったかという反省点もあるが、事件は日本だけではなく世界的な問題になっている。政府の責任追及や自衛隊撤退を主張するだけではなく、そうした問題と人質事件を混同せず、別個の問題として冷静に対処していく必要がある」
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これは メッセージ 22770 (nikkeiyokuyomu555 さん)への返信です.
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