>「人質」 3−1(続)
投稿者: take_the_rag_away 投稿日時: 2004/09/22 20:47 投稿番号: [239584 / 280993]
【宿泊所に案内され、着替えをして大使館に戻り、食事をしながらの事情聴取。
警察庁のヨシムラさんに、書記官が同席。】
拉致された時の様子を事細かに聞いてくる・・・どういう道を通ったかまでは覚えていない。
「逃げようと思わなかったの?」
「見張りは銃をもってるんですよ。どうやって逃げるんですか?」
「犯人を逮捕してほしいですか?」
「申し訳ありませんが、逮捕は無理だと思います。まず、彼らは普通の人々です。
複数のグループで、ものすごい人数が関わっていました。それに、ご存じないかと
思いますが、イラク人はこの一年で一万人が殺されています。無実でありながら
米軍に拘束されている人たちも、数え切れないほどいます。私たちはたった九日間
ですが、その人たちは屈辱を受けながら数ヶ月にわたって拘束され続けているのです。
もし、日本の警察が日本人三人のために捜査をすれば、殺されたイラク人の捜査は
どうなるんだ、と詰め寄られることになるでしょう」
そう答える。二時間半も事情聴取をされた後、ヨシムラさんはこう言った。
「おいくつでしたっけ? 34歳? 私にも20代の娘がいますけど、もう子供じゃ
ないんだから、僕にはいいですけど日本に帰ったらよく謝った方がいいですよ」
ヨシムラさんは私のことを、いい年をしてとんでもないことをしでかした馬鹿者だと
見ているのだろうか? その底意地の悪い物言いに、傷つく。
「ヨシムラさんの目を見て感謝の言葉を述べたい気持ちでいっぱいなのですが、どうしても
目を見て言えません」と言った後、また涙が止まらなくなってしまった。
「ところで、僕のことは言わないでね。僕にも家族があるんでね」
本当にワケのわからないことを言う人だ。この捜査を続けたら、自分が狙われると
思っているのだろうか? すごく嫌な気分になる。
【事情聴取後、上村氏から、飛行機代が自己負担となることを教えられる。JVCの原田
文次郎さんより電話。宿泊所に戻ると、今井氏は帰っており、その後、郡山氏が戻る。
大使館員が訪れ、翌日、アンマンかドバイに移動することを告げられる。3人とも、
アンマンにしてほしいと頼む。
翌朝、朝食後、大使館で小泉首相の「自覚をもってもらいたいね」を見る。その後、
ヨシムラさんと顔を合わせると、「わかってると思うけど、僕のことは誰にも言わ
ないでね。僕にも家族があるから」と念押しされる。怒って、ハチミツをカバンに
入れるのを忘れる。スレイマン氏に電話。車で空港に移動。VIPルームで、警察の
人が今井氏に「ストックホルム症候群」の話しをしているのを聞く。医務官より、
ドバイ到着後のスケジュールが説明される。ドバイになった理由については、記載なし】
-- -
これらが、「自作自演を誘導するような質問」ということでしょうか。
「僕のことは言わないでね。」の意味がわかりませんが、その理由も考えず書いてしまって
いいんでしょうか。不当捜査まがいのことをしたヨシムラさん、どうなったのでしょう。
ともかく、事情聴取には、記録があるはず。事件性が無いなら、その公開を求めてほしい。
《屈辱を受けながら》は、捕虜虐待のこと;アブグレイブ以前より噂があったことが、
後に記載されています。
-- -
ドバイでは、
病院での検査。その後、犯行の声明文を初めて読み、衝撃をうける。逢沢副大臣と面会。
修一氏と対面し、日本の状況を聞く。医務官が持ってきたドバイまでの飛行機代の承諾書に
サイン。修一氏と、担当医に診断結果を聞きに行き、「PSTDの恐れあり」と言われる。
修一氏が、記者会見について担当医・医務官と相談、止めたほうがいいということで一致。
ドバイでの事情聴取については、記載なし。夜、空港へ移動、帰国。
-- -
ちょっとずつ、郡山氏の本とは、時系列・事実関係にズレがあるようですね。
明日より、来週はじめまで留守にします。
続きを楽しみにしています。
警察庁のヨシムラさんに、書記官が同席。】
拉致された時の様子を事細かに聞いてくる・・・どういう道を通ったかまでは覚えていない。
「逃げようと思わなかったの?」
「見張りは銃をもってるんですよ。どうやって逃げるんですか?」
「犯人を逮捕してほしいですか?」
「申し訳ありませんが、逮捕は無理だと思います。まず、彼らは普通の人々です。
複数のグループで、ものすごい人数が関わっていました。それに、ご存じないかと
思いますが、イラク人はこの一年で一万人が殺されています。無実でありながら
米軍に拘束されている人たちも、数え切れないほどいます。私たちはたった九日間
ですが、その人たちは屈辱を受けながら数ヶ月にわたって拘束され続けているのです。
もし、日本の警察が日本人三人のために捜査をすれば、殺されたイラク人の捜査は
どうなるんだ、と詰め寄られることになるでしょう」
そう答える。二時間半も事情聴取をされた後、ヨシムラさんはこう言った。
「おいくつでしたっけ? 34歳? 私にも20代の娘がいますけど、もう子供じゃ
ないんだから、僕にはいいですけど日本に帰ったらよく謝った方がいいですよ」
ヨシムラさんは私のことを、いい年をしてとんでもないことをしでかした馬鹿者だと
見ているのだろうか? その底意地の悪い物言いに、傷つく。
「ヨシムラさんの目を見て感謝の言葉を述べたい気持ちでいっぱいなのですが、どうしても
目を見て言えません」と言った後、また涙が止まらなくなってしまった。
「ところで、僕のことは言わないでね。僕にも家族があるんでね」
本当にワケのわからないことを言う人だ。この捜査を続けたら、自分が狙われると
思っているのだろうか? すごく嫌な気分になる。
【事情聴取後、上村氏から、飛行機代が自己負担となることを教えられる。JVCの原田
文次郎さんより電話。宿泊所に戻ると、今井氏は帰っており、その後、郡山氏が戻る。
大使館員が訪れ、翌日、アンマンかドバイに移動することを告げられる。3人とも、
アンマンにしてほしいと頼む。
翌朝、朝食後、大使館で小泉首相の「自覚をもってもらいたいね」を見る。その後、
ヨシムラさんと顔を合わせると、「わかってると思うけど、僕のことは誰にも言わ
ないでね。僕にも家族があるから」と念押しされる。怒って、ハチミツをカバンに
入れるのを忘れる。スレイマン氏に電話。車で空港に移動。VIPルームで、警察の
人が今井氏に「ストックホルム症候群」の話しをしているのを聞く。医務官より、
ドバイ到着後のスケジュールが説明される。ドバイになった理由については、記載なし】
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これらが、「自作自演を誘導するような質問」ということでしょうか。
「僕のことは言わないでね。」の意味がわかりませんが、その理由も考えず書いてしまって
いいんでしょうか。不当捜査まがいのことをしたヨシムラさん、どうなったのでしょう。
ともかく、事情聴取には、記録があるはず。事件性が無いなら、その公開を求めてほしい。
《屈辱を受けながら》は、捕虜虐待のこと;アブグレイブ以前より噂があったことが、
後に記載されています。
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ドバイでは、
病院での検査。その後、犯行の声明文を初めて読み、衝撃をうける。逢沢副大臣と面会。
修一氏と対面し、日本の状況を聞く。医務官が持ってきたドバイまでの飛行機代の承諾書に
サイン。修一氏と、担当医に診断結果を聞きに行き、「PSTDの恐れあり」と言われる。
修一氏が、記者会見について担当医・医務官と相談、止めたほうがいいということで一致。
ドバイでの事情聴取については、記載なし。夜、空港へ移動、帰国。
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ちょっとずつ、郡山氏の本とは、時系列・事実関係にズレがあるようですね。
明日より、来週はじめまで留守にします。
続きを楽しみにしています。
これは メッセージ 239582 (take_the_rag_away さん)への返信です.
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