戦う「湿原の子孫たち」
投稿者: take_the_rag_away 投稿日時: 2004/09/12 11:48 投稿番号: [238040 / 280993]
リカービ氏がイラクの復興支援として日本政府に提言した「メソポタミア湿原」の再生。
こういうシンボリックな意味合いがあること、初めて知りました。
まさか、「ゲリラ訓練所」復活という意図ではないと思いますが・・
朝日新聞 be on Saturday 9/11
【戦う「湿原の子孫たち」】
http://www.be.asahi.com/20040911/W12/0025.html(抜粋)
イラクの南部に、広大な湿原がある。
あった、と言ったほうが良い。
10年前、フセイン政権はこれを埋め立てた。
当時反政府ゲリラの温床になっていたからだ。
その湿原を今、復元しようという話がある。
日本政府も「環境保全」として積極的らしい。
フセイン時代よりはるか昔、50年代の湿原地帯は大地主の収奪に苦しんでいた。
食い詰めた小作人は、夜逃げ同然に村を出て、都会に職を求めていく。
日雇いの土木工事や鉄道建設に雇われた彼らは、当時大衆的浸透を強めていた
共産党の格好の支持基盤になっていく。
50年代のイラクの左翼運動は、湿原出身の都市労働者が支えたといっても
いいぐらいだ。
70年代に左翼運動が停滞しても、湿原出身者の反骨精神はやまない。
今度はシーア派イスラム運動の担い手と化す。
今はサドルシティーと呼ばれる旧スラムの住民は、フセイン政権時代
繰り返し政府に反旗を翻した。
湿原自体もイスラム勢力のゲリラ訓練所となり、さまざまな武装勢力が
葦の茂みに身を隠して、政府軍兵士をゲリラ戦の泥沼に引きずり込んで
いった。
8月にナジャフのアリ聖廟(せいびょう)に立てこもり米海兵隊と鮮烈な
戦争を繰り広げたマフディ軍団は、まさにこの「湿原の子孫たち」だ。
「聖地を血で汚すな」。
大アヤトラの鶴の一声で、マフディ軍団の民兵たちは一応ナジャフからは
撤退したものの、失うものの何もないこの若者たちの絶望は、深い。
彼らは、また新たな土地で「おれたちの時代」を求めて戦いを続けるのだろうか。
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