戦争、レジスタンス、テロ。
投稿者: dankai55 投稿日時: 2004/09/03 22:17 投稿番号: [236031 / 280993]
言葉が違えば意味が違う。それぞれの言葉に定義がある。
しかし、悲しいかなわしの如き無学の者は、間違いなく淀みなく述べるほどには理解してはいない。
一方で、人もあこがれる秀逸にして、知らぬことなど無きに等しい優秀の頭脳も、人の身なれば体はひとつ。同時に相反する二つの立場をこなす事は適わぬ。
前者と後者に隔たりはあれど。互いに身一つの人間なれば。相反する立場に立ちて、意見の相違を埋められぬと成れば。彼我の力量の如何に関わらずそこに戦闘の余地が発生する。やるか、やらぬかは、ただ両者の決意の度合いにのみ、その因を求める。
やる。と、決める理由は「勝てるの判断」のみとは限らない。
民族間、国家間、に於いて古今東西幾多の、戦闘戦争が行われた。
戦争、レジスタンス、テロ。それぞれの言葉に定義をつけて、正当卑怯を論じたところで、立場を入れ替えれば只の水掛け論。
馬鹿と優秀の差はさして問題とならぬ。
敗者の屍を足下に踏みつけて、声高に正義を叫ぶ勝者が「絶対の存在」となる。
ゆえに戦う者は負けられぬ。手段を選ばぬ仕儀となる。
テロを卑怯と非難する大国は、自らに有利な戦闘の形式が壊れることを憂うるだけのこと。
大儀を唱えるは、身内に於いて「戦力」「戦闘権」を必要とするだけのこと。
イラク戦争に関わる殺し合いは、「拉致」であれ「テロ」であれ「作戦」であれ、そこで人が死ねば、全てが「戦争による殺人」である。
言葉の定義など何の意味も成さない。
少しでも早く終わらせねばならぬ。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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