イラクで日本人拘束

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輪飢餓(わきが)

投稿者: peekaboofrom8jo 投稿日時: 2004/09/03 22:00 投稿番号: [236027 / 280993]
これは見たことがあるだろう。
rizumuboysmaster さんの引用だ。
だれが輪飢餓(ワキガ)で
だれが農奴達で
だれが少年農奴か

あなたにわかるかね。
あなたには理解できない。
札幌市役所はワビ状を書いていない。
それが証明している。

輪飢餓(わきが)は「あなた」だよ。



始皇帝時代、秦朝各地で猛威を振るった旱魃洪水による不作凶作が、あまたの農奴を飢餓、餓死の窮地に追い込んだ事は広く一般に伝えられているが、絶望的状況が生んだ悲劇、輪飢餓(ワキガ)を知る者はあまりにも少ない。

木の皮、草の根すら食らい尽くした極限の村。餓死を待つばかりの毎日。
その時、一人の男がある策を胸に立ち上がった。
男の名を李・枇都(り・びつ)という。
李は、やせ細り目ばかりを光らせた生き残りの百姓を廃寺に集め、車座(輪の形になって座る)にさせた一同の中央で、心中暖めた策を淡々と述べ、賛同する者は隣合う同士で肩を組むよう命じた。
季節は夏。
先月十二の齢を数えたばかりのある少年農奴は、賛意を示そうと急いて手を振り上げる農奴達の垢にまみれた脇より一斉に放たれる悪臭に栄養失調も手伝ったのだろう、気を失いその場に崩れ落ちてしまった。
息遣いだけが奇妙に響く廃寺で、少年を除く農奴達のお互いにがっしりと組んだ肩の輪が出来上がる。
倒れた少年を中央に引き摺り出した李は、一同を睨むように見渡し、無言で頷いた。
少年が二度と目を覚ます事はなかった。

一転。
急場を凌いだその村は、その後の領主の計らいもあり壊滅をまぬがれたというが、
李の足取りはこの事件を最後に途絶えている。主を失った庵に生える松にはこう彫られていたという。
「衆救是輪飢餓無他」
(衆を救うにはワキガしか無かった)

なお、この村では、今でも毎朝夕仏壇に捧げ清めた水で脇の下を洗う習慣が残っている。
言うまでもなく、現代で言う脇臭がこの「輪飢餓」を由来としてる事は周知の事実である。

余談にはなるが、現代口語で形の歪んだ様を示す「いびつな」という形容句の語源をこの李枇都に求める説がある。
李の策がもともと少年を犠牲にする事を目的としていたのかどうかは、原典からは読み取れない。が、極限状態を考慮したとしても、彼の行動が我々一般の枠を逸脱している事は間違いないと同時に、後の世に彼の人間性を疑問視する者が多く存在したとしても特別不思議でもあるまい。

伝者としては犠牲となった少年の冥福を祈るばかりである。


太公望書林刊「世界残虐史〜②」より
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