「中庸」が生み出す薄汚れた日本
投稿者: tenshinokiseki 投稿日時: 2004/08/06 06:16 投稿番号: [227939 / 280993]
「中庸」という考え方を好む人が多い。
しかし、この中庸という言葉を、多くの人が安易に捉えている。
「じゃあ、真ん中を取ってこうすれば?」・・・・という言葉をよく聞くと思う。
「真ん中を取って」物事を決定する事を
「誰にとってもリスクの少ない手法」だと思っている人が多い。
しかし、これが「薄汚れた日本」を生み出している。
例えば
「喧嘩両成敗」という決定がなされると、簡単に納得してしまうのが日本人。
ところが、「喧嘩両成敗」というのは、とんでもなく横着な決定手法であり、
もし裁判所がこれをやったら司法の怠慢でしかない。
そして世間には、まだまだこの「喧嘩両成敗」が残っている。
真面目に話し合うことを嫌い、そして恐れる。
そういう民族だということを、まず知らねばならない。そして、
真面目に話し合わないようにする為の知恵が、喧嘩両成敗という「簡易判決」なのである。
日本人は
中庸が良いから中庸を選んでいるのではない。
話し合うのが面倒だから「中庸」を選んでいるのである。
面倒だと思って話し合わないから、そこに「甘い汁の吸える隙間」が出来る。
その甘い汁を吸っているのが、官僚共であることを忘れてはならない。
これは メッセージ 227875 (lonlontimago さん)への返信です.
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