>「お上」意識
投稿者: tenshinokiseki 投稿日時: 2004/08/05 21:07 投稿番号: [227801 / 280993]
>日本の「お上」?は万能ではなくとも
>そこそこ機能している。
>という裏返しかもしれないですね。
>少なくとも国際的には誇ってよいのではと思います。
>また、ある意味では、民主主義がよく定着している国かもと思います。
我が国に存在する「民主主義」というものは、
「みんな」というキーワードが
長年かけて造り出された国民性にマッチしたから歓迎された・・・・というモノ。
よく聞くフレーズだが、
「赤信号、みんなで渡れば、恐くない」
このフレーズが、日本国民の無責任容認を全て物語る。
けっして、世界の誇れるモノではない。・・・・それどころか「恥」である。
「個」で責任を負うハメになる事を忌み嫌い、
その「責任」に近づく事を極端に恐れる国民性が、
「集団」の生み出す希薄性を利用しながら、
その希薄性に紛れ、卑怯な事をへー気でやって、
尚かつ、時の流れで誤魔化そうとする習性を生み出している。
「個」に責任を取る姿勢がなければ、「他の個」に対しても責任を問えない。
その国民性が、どんな国を造りだしたか?
他人から「責任」を問われないから、既得権側にいる奴らはやり放題。
そういう無責任を長年続けてきたしわ寄せが、日本の現状を造り出している。
良い例が、イラク日本人人質事件に対する日本人の姿勢だ。
3人の人質に対して「自己責任を問うのはおかしい」
などと言っていた輩もたーくさんいたが、
「責任を取る事を恐れる姿勢」を肯定すしたい卑怯者が沢山存在するから、
たとえ他人に対してでも「責任を追求する声」を、排除したくなるわけだ。
その国民性が、日本を窮地に追い込んでいるのである。
これは メッセージ 227775 (lonlontimago さん)への返信です.
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