「集合体」の単位
投稿者: tenshinokiseki 投稿日時: 2004/08/02 06:39 投稿番号: [226222 / 280993]
>個人が「個」を磨き、「能力」の違いを認め、「運」の存在を認めることは
>非常に重要なことだとわたし自身も感じますが、
>その次に来るのはやはり「個」の集団であるムラ・町・地域・国、
>引いては民族という集合体になるわけで
>これらがそれぞれ「個」「能力」「運」の違いを認め合って行くことでしか
>共存、平和は訪れないというのがわたしの考えです。
イラクでキリスト教会が狙われたようだね。
イラクの状況は、悪化するかもしれないね。
アメリカもケジメをつけようとするかもしれない。
さて、集合体、共存、平和の話だが、
「集合体のサイズ」というものが、今後どうなるか?という事を考える必要があると思う。
例えば、日本最高の人口密集地は東京であるが、
はたして東京は「人々の集合体」と言えるのか?
東京の集合住宅(アパート・マンション)に住んでいたら、
隣人の顔を知らなくても別に妙ではない。
1000万人の人が住んでいても、東京は「人々の集合体」ではない。
最終的に「人々の集合体」というモノは、「家族」という単位に落ち着くハズ。
アフリカに住むインパラやトムソンガゼルは、生まれた直後でも自力で立ち上がるが
人間という動物は
産まれてしばらくの間、親の助けなくして、決して生存できない。
そこから生まれる連帯意識は、人類が消滅するまで続くことになる。
しかしその反面、世の中が便利になると
個人が「地域」という集合体を必要としなくなる。
「地域という集合体」が無くても生きていけるようになるからだ。
家族という単位、とりわけ「親子」という単位は集合体として今後も残るが、
ムラ・町・地域・国、そして民族という「集合体」は、今後消え去る運命にある。
これは メッセージ 226145 (raru_babu さん)への返信です.
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