nandekaoshietesann>コンクリ以後
投稿者: cardockjp 投稿日時: 2004/07/10 14:56 投稿番号: [213881 / 280993]
こんにちは。
ズレしか書かない私も一筆啓上。
初めに、私はこの犯人を心から軽蔑し、憎む者である事は申し上げて置きますね。
マスコミも問題ですけど、それを報道したら以後、
想像出来るバッシングの方が問題の様に思います。
犯人の写真、住所、学歴その他の詳細な履歴を報道する事に因って、
当人は勿論責められ、社会的批判を受けるのが当然でしょうが、
その家族、関係者に過剰な批判が及ぶ事は明白です。
私は「それは違う」と感じます。
以前書いた事がありますが、家族は身分を隠して引越しし、
やっとの思いで行き着く先にも報道は押し寄せ、
行く先々でバッシングや差別を受けるのでしょう。
自殺する関係者もまだ出て来るかも知れません。
{親、兄弟」「関係者」も放置した責任があるのだから当然、と云うなら、
「悪い奴」は、幾ら叩いても良い、とする考え方の人には責任は無いのでしょうか?
「悪人」と誰もが認める人間を糾弾する事で「錦の御旗」を持った気になって、
「自分は正しい事をしている」と思いたい。
そんな考えは「コンクリ殺人」の首謀者達の周りにいて、
積極的にそれを止められず、結果的に彼等を暴走させて行った
「周囲の人達」の心理と同じだと思います。
そして、云ってしまえば「リンチ」の心理そのものです。
私は現在の報道の在り方には沢山の疑問を持っていますが、
何もかもを暴きたてるべきだとは思いません。
それを受け止める我々が、余りにも幼いと思うからです。
犯人に就いては、更生は無理だと思います。
我々の知らない世界を「達観」しているからです。
映画「時計仕掛けのオレンジ」と同じでしょう。
これを社会的に無害にしようとすれば、
「洗脳」又は「ロボトミー手術」でもするしか無いでしょうが、
映画「カッコーの巣の上で」を観てから
そんな考えは許される物では無いと考える様になりました。
社会的に隔離し続けるしか無いと思います。
これは メッセージ 213852 (nandekaoshiete さん)への返信です.
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