イラクで日本人拘束

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拘束された豪州女性の手紙No.7-2

投稿者: amadeusdus 投稿日時: 2004/07/04 23:40 投稿番号: [210958 / 280993]
(中略)
私は心を打ちのめされた。赤ん坊と妻と車いっぱいの子供を連れたこのイラク
人が、彼のものである公道を通って、ファルージャの爆撃や砲火や混乱から抜
け出すことが不可能であることを、この私が説明せねばならないのか。

「解放」の名目のもとにやってきた外国の戦車が、この男の自由を、私の目の
前で奪おうとしている。家族を安全なところに移す自由を。平和に暮らす自由
を。ただ単に生きるという自由を。

(中略)
「どうやったら、妻たちだけで行けるんですか?」と、家族が安全圏に逃げる
ためには彼が座らねばならない空っぽの運転席を指差しながら、彼は叫び声を
あげた。彼の妻の顔に不安が浮かぶのを見て、私の心は粉々に砕かれた。

(中略)
「あなたはジュネーブ条約を知っていますか?」と私たちは、ほとんど答も期
待できなかったが、訊ねた。

この一番上官の男は、考え込みなから、しきりに両脚を組み換えていた。私た
ちはじりじりと期待しながら息を飲んで待っていた。

「いいだろう」と彼は言った。「男も通っていい、ただし家族連れに限りだ」

やった!   これで少なくとも女と子供は出て行くことができるし、男の多くも
出て行ける。

私たちはみんなのところに戻ってこの新条件を説明した。私たちの声が聞こえ
ない人には、車を指差し親指を上げてオーケーのサインを送った。

拍手が起こり、喝采がわき、大声がおこった。「ありがとう、神のご加護を」

しかし、兵士らがだれであれ通行を許可したのは、そこで外国人の一団が見て
いてジュネーブ条約を思い出させたからだということを考えれば、それは手放
しでは喜べない苦い勝利だった。この人たちはイラク人であり、自分の国の中
を動き回りたいのだから、それだけで通すべきなのに。ほかの検問所ではどん
なことが起こっているのか考えると私はぞっとした。

しかも、まだ若者が残っていた。小型トラックの荷台に20代前半の若者がお
おぜい乗っていたのだ。彼らは今日ファルージャを去ることはないだろう。私
たちには彼らに筋道の通った理由など説明しようもなかったので、兵士たちの
恐ろしい言葉を伝えることはしなかった。

(中略)
私は考えずにはいられなかった。なぜ、この人たちは、恐怖のあまり自分の家
から逃げ出すことを余儀なくされるのだろう。

なぜ、自分自身の国で難民になるのか。彼らは、どこに行くのだろうか。彼ら
の生活は、いつまでめちゃくちゃにされたまま続くのだろうか。

殺戮が終わり、約束された「自由」がくるまで、どれくらいかかるというの
か。
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