イラクで日本人拘束

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

>>>>龍の咆哮は、一瞬にして、

投稿者: jounojouma 投稿日時: 2004/06/27 13:45 投稿番号: [207793 / 280993]
>「自主独立した自己」の確立が、彼等にはなかったんでしょうか。

「自主独立とした自己」
と言うか、
「目的(政権奪取)のためなら、手段は選ばず(幕府に好意的な孝明天皇を、【武力討幕】の妨げとなるとして、長州側の公家:岩倉具視が毒殺する始末)」
ですね。
  幕末・明治維新において、こう言う言葉がありました。
「長州は狡猾だが、薩摩は愚鈍なり。」と。
  幕末、長州は、本当に、使えるものは何でも使いました。主義主張もへったくれも無く。
  黒船来航直前、この国の将来を危惧した、水戸藩主徳川斉昭は、同じくこの国を憂える開明派の諸大名(主要人物、薩摩藩主:島津斉彬、土佐藩主:山内容堂、宇和島藩主:伊達宇城、越前藩主:松平春嶽)と、歩調をあわせ、我が子、慶喜を13代若しくは14代将軍に据え、幕政改革を志していました。
  ここで、長州藩は蚊帳の外です。藩主:毛利公そのものが、傑出した逸材ではなかったので。
  しかし、安政の大獄で、斉昭、斉彬が病死、春嶽も引退、井伊大老も暗殺され、政治的手腕の無い、家茂が14代将軍となり、幕府側は、一気に人材不足になりました。
  そこへ、水戸藩と違い、【尊皇攘夷】など、まるで縁のない長州藩が、幕府内の混乱による京都の政治的空白化を狙って、水戸藩に変わり、【尊皇攘夷】を看板に、朝廷に擦り寄ってきたのです。
  安政の大獄、桜田門外の変で幕府ががたがたになり、
  「幕府は、大丈夫か?」
と言う、不安を持つ公卿を、巧みに取り込み、長州は、朝廷を牛耳りました。
  そして、朝廷を炊きつけ、幕府にできもしない攘夷を命令させたのです。幕府が拒否すれば、
  「天皇の御心をないがしろにする不貞の輩。」
として、政権を朝廷に奪い取る。まさに、極悪非道です。
  ここで、幕府並びに雄藩を、国連並びに世界各国、京都をイラク、朝廷をイラク暫定政権、長州藩をアメリカ、藩主:毛利公をブッシュ、桂や久坂等、長州藩過激派主導者をネオ・コン、過激派浪士達をアメリカ軍、新撰組を【聖戦】を唱えるイラク武装勢力と例えれば、理解しやすいでしょうね。
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)