イラクで日本人拘束

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s_aoshima_keijiさんへ、2/2

投稿者: wokeyijinlaima 投稿日時: 2004/06/23 22:34 投稿番号: [206062 / 280993]
考えてみれば、日本が特需で復興しお金儲けに奔走している間に、韓国は朝鮮戦争とベトナム戦争という実戦を体験していたのだった。そして北朝鮮とは、長く一触即発の緊張状態に置かれている。日本人は平和ボケそのものと言われても返す言葉はない。

今のところ韓国政府は「テロに屈せず」で、増兵予定の変更はしないとの見解だが、仮に韓国がイラクでの戦闘行為に参加することになったところで、犯人の特定ができるとは思えないし、テロを撲滅させるには至らないだろう。
何とも表現のしようのない閉塞感のみが募る。

アメリカは開戦前に自信満々で、早期終結を豪語していた。
自国の論理が通じない文化を持つ国家に対し、どう対処するかの基本方針や信念は、開戦前にきちんと整理できていたのだろうか。結果論に過ぎないかもしれないが、この状況では方針も信念もなしにやみくもに軍隊送って空爆してしまったという印象が拭えない。いまさら言ってもしょうがないことだけど、そのへんがまず最初の見当違いであり、それを日本は支持し、我々はその政党を支持した。

日本の戦後がイランのように混乱しなかったのは、単に大戦後であったからではないだろうか。
焼け野原に茫然とたたずむお腹を減らした婦女子と老人、心身ともに傷ついた復員兵では、民兵として立ち上がろうにも体力・気力ともに残っていなかったし、刀をはじめ鉄製のものは供出し手にする武器も残っていなかった。

祖母は生まれて初めて地平線を見たと言っていた。
破壊し尽くされた瓦礫の大阪で見た朝日や夕日に特別の感慨などなかったとも言っていた。戦争中は、死ぬまでにもう一度お饅頭や苺が食べられるだろうかばかり考え、戦後は日増しに多くなる目つきの鋭い復員兵が怖かったが、米軍兵士を怖いと感じたことは一度も無かったとも。

また、この機に乗じて日本壊滅をもくろみ、復讐心に燃えていた国かグループもないではなかったろうが、その人達もまた大戦で戦力をそぎ取られていたのだ。

アメリカは、あるべき理想の姿としての民主主義を一方的に押しつけるというやり方を、今後も続けるのだろうか。
いったいアメリカという国はどこまで思い上がるのだろう。
我々は、世界は、どこまでそれを許すのだろう。

いつか信長のように高転びに転げ落ちることがあるのだろうか。
その時、ポチの命運も尽きるのだろうか。

それとも信長を神と崇め、信長教の絶対の信者であったとされる秀吉が、思いがけず敵に先んじて手に入れた信長の訃報に冷静に対応し、中国大返しをやってのけ政治力と知力の限りで、天下を手中にしたように、アメリカが転べばポチが・・・・。

いや、今の日本は良い意味での叩き上げ根性の微塵もない。
できれば、負の遺産だけを子供や孫に残すことはしたくない。


長文の愚痴にお付き合いいただき、ありがとうございました。
書いていると、止まらなくなってしまったのです。


PS
#205472 の投稿、実にオトコマエでした。
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