おはようございます
投稿者: tommy39dec3 投稿日時: 2004/06/23 10:36 投稿番号: [205765 / 280993]
まず、イラクで殺害された韓国の方のご冥福をお祈りします。
さて、
イラク人とは誰か?
イラク国籍を持っている人のことです。
(単純に)
で、彼らが現在の国際社会で、イラクと言う国を(曲がりなりにも)体裁を整えて、利害を調整していくほうが、混乱状態のまま、自分たちの利害を代表するものを持たないままの状態よりも、彼ら自身が安心できる社会がもたらされる可能性が高いと言うだけのことです。
国境線にどんな意味があるかではなくて、その線の中に住んでいる人がどう生きられるか、彼ら自身の望みを、大きな軋轢なしにどう実現していくか(イラク一国だけでやっていける世界ではないし、アラブ人でも国によって違いがあります)が、問題ではないですか?
平和である必要はないし、好戦的であっても全然かまわないわけで(笑)、それが殺戮に向かわずにすむ程度の秩序であればそれでいいんですよ。
遊牧と言うと、牧歌的なイメージを持つようですが、遊牧の境界線を少しでも越えると、部族の戦士(少壮の男性、武装している)がやってくるのが遊牧民です。水場を死守するための熾烈な戦い、風土病の蔓延。
水をめぐって戦いをしなくてすむようになったのは、水タンクが配給され、給水車が毎週一定の地域を巡回するようになったからです。乳児が一才にもならないうちに死なずに済むようになったのは、抗生剤と経口保水剤、乳児用ミルクと清潔な水が供給されるようになったからです。
そうしたものは、誰かの援助に頼るので無いなら、自分たちで金銭で持って購入する必要があります
そんな日常的な悲劇は、ニュースにならないから、遠い日本人は知らないだけですが。死の嘆きはそれが神の意思であると言う一種の「あきらめ」によって慰められていたと感じました。
世界は美しい。この数限りない悲劇を前にしてもなお。私自身を含めた、人間と言うもののどうしようもない愚かしささえ。それでも生まれた以上はその生をまっとうしたい。
イラク復興に絶望したい人がいてもいい、それはつまり彼らをそうした情況に放置すると言うだけで、それはつまりイラク人の苦痛と悲劇と、死でしかない。
これは メッセージ 205598 (yajin_news01 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019567/a5a4a5ia5afa4gffckdcbfm94bab_1/205765.html