「広島」で得る重み
投稿者: sesa_mikar 投稿日時: 2004/06/21 19:24 投稿番号: [204857 / 280993]
superchunk2202さん、こんにちは。
>なのに、核兵器に対してどうしてこれほど過剰反応するのか、
>自分でもわかりません。
やっぱり「原子爆弾という、これまで経験したことのない大量殺戮兵器の
惨禍を初めて経験した」という事実の重みでしょう。
私も、広島には数回言っていますし、広島市在住のネット友達もいます。
オフ会とかもよく行いました。
原爆資料館はちょうど工事中とかで、行く機会は無かったのですが、私も
以前から原爆の被害についての記事とか本とかはよく読んでいました。
全くもって「むごい」。
だから、過剰反応するのがおかしい、とは思っていません。
日本人の“民族的経験”としての原爆被害、ですから。
でもそこから「反核」となって、原爆も、原子力発電所も船も全て、核を
エネルギーとするもの全てに反対する姿勢はどうもおかしくないか?
と
思うようになってきたのです。
それに以前あった「ソ連や中国の核兵器は良い核兵器、アメリカの核兵器
は悪い核兵器」という、どう見てもへんてこなのに堂々と主張されていた
意見を吐く“核兵器廃絶運動”の人達。
あなた方、真面目に考えてらっしゃいますか?
と言いたいです。
>>なぜ、「過ちは繰り返しません」なのですか?
>>省略された主語は、自然に考えれば「日本国民」なんですが…。
>私は、「人類」だと思ってましたが・・。
だといいですね。
主語は省略せずに書いて欲しかったと思います<碑文。
英文ででも書いてあれば、まず間違いなかったでしょうに。
これは メッセージ 204422 (superchunk2202 さん)への返信です.
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