イラクで日本人拘束

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読売新聞時評・自己責任

投稿者: amadeusdus 投稿日時: 2004/06/20 00:40 投稿番号: [204126 / 280993]
最近の見解が修正されたようだ。
以下   参考まで。(抜粋)
http://www.mainichi-msn.co.jp/seiji/iwami/sunday/news/20040519org00m010040000c.html

いまにして思うと、わかりやすい話、と書いたのは軽率だった。

〈自己責任〉という言葉はわかりやすいようで、使う人の立場、考え方によって相当に意味やニュアンスが違ってくる。交通整理が必要だ。

◇迷惑、無理解、信念派…多数は「条件つき理解派」

  議論の前提として、NGO・ボランティアやフリー・ジャーナリストが行う人道的支援活動、取材活動の評価はどうなのか。評価は一様でなく、そこから〈自己責任〉の意味あいは3つに分かれていく。

  第1は迷惑派。政府高官らがそれにあたる。解放された人質の1人が、イラクに戻って人道的支援を続けたい、と言ったとき、小泉純一郎首相は、

「多くの政府の人たちが寝食を忘れて救出に努力したのに、なおかつそう言うんですかね。自覚を持っていただきたい」

  となじった。戻ればまた人質になる恐れがあるのに、何を考えているのか、と言いたかったのだろう。その裏には、彼らの活動はしょせん自己満足的で、政府が取り組んでいるイラク復興支援に比べれば微々たるもの、人質救出の努力、コストを考えれば控えるのが常識ではないか、というニュアンスだ。

〈自己責任〉にも従って、規制的な響きがこめられている。政府の立場としては、それもわからないではない。

  第2は無理解派。人質の1人、フォトジャーナリストの郡山総一郎さんのもとには、

〈バカ、死ね、おれの税金を返せ〉

  といった非難中傷の手紙が何通も届いたそうで、そうした異常なバッシングに走る人たちだ。活動については無理解、無関心で、加藤さんご指摘のようにムラ社会特有の内向きの冷酷さが強く臭っている。

  だから、〈自己責任〉も、自分で勝手にやっているのだから自分で始末しろ、政府や他人をわずらわせるんじゃない、と単純に突き放し非難する小道具として使われる。

  そして、第3が信念派。活動当事者とその理解者たちで、郡山さんが手記に書いている(『週刊朝日』5月21日号)。

〈私たちを攻撃するために使われる「自己責任」という言葉は結局、「結果責任」のことだ。結果に責任を負え−─だから、最悪の結果が起こるかもしれない危険な場所へは行くな、ジャーナリストもイラクからは退避せよ。

  だが、危険な地域だからこそ、NGOやジャーナリストが必要なのだと私は感じる。信念を持って、ときに危険を背負ってでも現場へ行き、この目で見て感じた事実や真実を伝えることが、私の仕事の責任であると思う……〉

  さて、信念派と無理解派は表と裏の関係にある。双方かなり感情的だが、無理解派は論外、郡山さんたちは身の危険を感じるほどなので、被害者意識が強くなるのもやむをえないと思う。

  迷惑派は邦人保護の責任を持つ政府、というやや特殊な立場だ。私も含め、日本人の多数はこの3つのいずれでもない。

  多数は、ボランティアやジャーナリストの活動を貴重なものとしてある程度は理解している。加藤さんは、

〈(人質になった)高遠菜穂子さんのような方の活動は、現地の日本と日本人のイメージをよくするために、大いに役立っていると思います。それも国益です〉

  とも言っているが、同感だ。

  ただし、条件がつく。目的が立派だからすべてよし、ということではない。郡山さんが〈ときに危険を背負ってでも〉と言うときの責任感覚である。今回のイラク入りも、自らの〈自己責任〉において、安全を確保するためのあらゆる手段を講じたすえのことだったか、疑わしい。

  無謀に酔うことは許されない。4番目の立場、条件つき理解派とでも言おうか。
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