jounojoumaさん:>佐世保の教師の件
投稿者: cardockjp 投稿日時: 2004/06/14 15:00 投稿番号: [201337 / 280993]
こんにちは!
「詰め腹を切る」と云うのか、「自分の命」を犠牲にして、何かの問題の決着とする。
その様に、自分の命を捨ててまで事態の決着を図る事、
これは、個人の持つ(或いは自由になる物の)
価値の最上級が「自分の命」だから、「全てを賭ける」という事ですね。
古来、これは日本では美徳であった筈です。
命を差し出さないまでも、
私の体験上、色んな局面で、
責任の擦り合いが起こった時、
一人でも
「全ては私の責任です、申し訳無い!
出来る事は全て私が責任を取ります」と、
名乗りを上げれば、縺れに縺れた事件が
あっと云う間に解決してしまう事を
何度も経験しています。
それすら言えない人が殆どで、
そんな覚悟も無い人達に、人の責任を追及する資格は無い、
と思います。
でもそれは、その事で追求する側に
「これでこの件の決着としよう」
と云う気持ちが在っての話ですよね。
>私は罪に対する罰は、犯罪者への制裁ではなく、
>被害者への納得で無ければならないと、思っています。
その被害者側に、問題を拡散させる意図がある場合は不可能ですね。
いや、態度としては立派だと思いますし、
私でも自分の身で補い切れない事態を招いたら、
やる事を全てやった後に
最後は「死んでお詫びする」でしょうがね。
取りとめ無い話で失礼。
これは メッセージ 201321 (jounojouma さん)への返信です.
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