返信ありがとうございます
投稿者: tatapi1993 投稿日時: 2004/06/11 14:46 投稿番号: [199240 / 280993]
「気になる文でしたので」に返信くださった方々、ありがとうございます。
はじめに、なぜあのような質問をしたかといえば、raru babu様の文章を「法的罰則を作るべき(あるいは罰則があるべき)」と読み違えたからです。メッセージ#193235を先に読んでいれば、このようなことにはならなかったのですが、なにせ数が多い上、自分には関係ないトピずれの文がたくさんあるので、とても追い切れなくて。失礼いたしました。
(って、実はこの話題もトピずれですね)
raru babu様の回答は、非常に納得がいくものでした。ありがとうございます。しかし、反論もありますので、よければ読んでください。
最初に、こんなことを書くと叱られそうですが、
>みんなで大声を上げて家族を糾弾せよ、というようには
わたしは考えておりません。
を聞けて、すごく安心しました。
また、私自身も「運がわるかった」だけで済ませてしまう問題ではないと思っております。
もちろん当事者の両親が深く考えなくてはならない問題だし、事件を聞いた子をもつ親も考えるべき問題であろうし、将来親になる可能性のある人々も考えなくてはならない、社会全体で考えるべき問題かと思います。
(生物学的にいえば、どうしても避けられない異常者による犯罪と考えられなくもないですが、それでも、そういった犯罪が皆無になるように考えていかねばならないでしょう)
私は「子供と向き合う時間が無い親を肯定」するものではありません。もちろん、親と子供は向きあって話をするべきだと考えています。
ただ、世間一般ではいったいどれくらいの時間を指して、親と子供が向き合ってるのに必要な時間としているのでしょうか?
私自身は、両親は共働きで、かつ週末が休みという仕事ではなかったので、特に対話の時間を設けた、なんて記憶はありません。両親とゆっくり話をする、なんてのは夕食の時くらいで、長くても40分程度でした。しかも、それは毎日ではありませんでした(仕事の都合で、父は週に4日程度は夜家におりませんでした)。
昨今事件を起こしてしまった少年少女達は、その程度の「両親との対話」の時間がなかったのでしょうか?(それとも、時間の長さの問題ではなく、時間の質の問題なのかな?という疑問はありますが)私は、その程度の時間はあったろうと思っているのですが(その意味で、それほどおかしな育てられ方ではない、と書いたつもりです)、実際のところはどうだったのか、今更ながらちょっと自身が無くなってきました。
ただ、私が言いたいのは、社会的制裁を認めるかどうかという点です。私自身も、子供をもつ親であればfunakosuidesu様の仰るような覚悟が必要だと思っております。いざという時に責任を取る覚悟です。しかし、例えば神戸や佐世保のような事件の際に、犯人およびその両親を責めていいのは、被害者の関係者だけだと思うのです。すこし角張った考えかたかもしれませんが、実際に自分が被害を受けた訳ではないにも関わらず、ある事件の犯人を責めるということは通常はないことでしょう。極論で言えば、犯罪者はみんなでリンチしてもかまわない、ということではないかと思うのです(実際に、元住んでいた土地、のみならず引っ越し先にも住めなくなったりするのは、リンチに近いと私は思うのですが)。
繰り返しますが、こう考えているからといって、親は子供の事は責任を取らなくても良い、と考えているわけではありません。いざという時の覚悟はしっかりもつ、責任もしっかりとる、ただ、それを他人にも要求するかどうか、というのはまた別の話だと思う、ということです。
はじめに、なぜあのような質問をしたかといえば、raru babu様の文章を「法的罰則を作るべき(あるいは罰則があるべき)」と読み違えたからです。メッセージ#193235を先に読んでいれば、このようなことにはならなかったのですが、なにせ数が多い上、自分には関係ないトピずれの文がたくさんあるので、とても追い切れなくて。失礼いたしました。
(って、実はこの話題もトピずれですね)
raru babu様の回答は、非常に納得がいくものでした。ありがとうございます。しかし、反論もありますので、よければ読んでください。
最初に、こんなことを書くと叱られそうですが、
>みんなで大声を上げて家族を糾弾せよ、というようには
わたしは考えておりません。
を聞けて、すごく安心しました。
また、私自身も「運がわるかった」だけで済ませてしまう問題ではないと思っております。
もちろん当事者の両親が深く考えなくてはならない問題だし、事件を聞いた子をもつ親も考えるべき問題であろうし、将来親になる可能性のある人々も考えなくてはならない、社会全体で考えるべき問題かと思います。
(生物学的にいえば、どうしても避けられない異常者による犯罪と考えられなくもないですが、それでも、そういった犯罪が皆無になるように考えていかねばならないでしょう)
私は「子供と向き合う時間が無い親を肯定」するものではありません。もちろん、親と子供は向きあって話をするべきだと考えています。
ただ、世間一般ではいったいどれくらいの時間を指して、親と子供が向き合ってるのに必要な時間としているのでしょうか?
私自身は、両親は共働きで、かつ週末が休みという仕事ではなかったので、特に対話の時間を設けた、なんて記憶はありません。両親とゆっくり話をする、なんてのは夕食の時くらいで、長くても40分程度でした。しかも、それは毎日ではありませんでした(仕事の都合で、父は週に4日程度は夜家におりませんでした)。
昨今事件を起こしてしまった少年少女達は、その程度の「両親との対話」の時間がなかったのでしょうか?(それとも、時間の長さの問題ではなく、時間の質の問題なのかな?という疑問はありますが)私は、その程度の時間はあったろうと思っているのですが(その意味で、それほどおかしな育てられ方ではない、と書いたつもりです)、実際のところはどうだったのか、今更ながらちょっと自身が無くなってきました。
ただ、私が言いたいのは、社会的制裁を認めるかどうかという点です。私自身も、子供をもつ親であればfunakosuidesu様の仰るような覚悟が必要だと思っております。いざという時に責任を取る覚悟です。しかし、例えば神戸や佐世保のような事件の際に、犯人およびその両親を責めていいのは、被害者の関係者だけだと思うのです。すこし角張った考えかたかもしれませんが、実際に自分が被害を受けた訳ではないにも関わらず、ある事件の犯人を責めるということは通常はないことでしょう。極論で言えば、犯罪者はみんなでリンチしてもかまわない、ということではないかと思うのです(実際に、元住んでいた土地、のみならず引っ越し先にも住めなくなったりするのは、リンチに近いと私は思うのですが)。
繰り返しますが、こう考えているからといって、親は子供の事は責任を取らなくても良い、と考えているわけではありません。いざという時の覚悟はしっかりもつ、責任もしっかりとる、ただ、それを他人にも要求するかどうか、というのはまた別の話だと思う、ということです。
これは メッセージ 199151 (raru_babu さん)への返信です.
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