「嫌いになれない」
投稿者: atmb88_bb 投稿日時: 2004/06/08 23:36 投稿番号: [197588 / 280993]
元人質の皆さんの行動は、確かに危機管理が甘かったかもしれません。また、既に何人かの方々がイラクへ再出発されようとなさっている昨今、前回の反省と検証も不十分なまま、国中から注目(いろいろな観点から)されたままという興奮状態の中で、再び彼の地へ行かれるのは果たしていかがかと思います。
ですが、どうしてもイラクへ行かれるあなた方に捧げる言葉は「どうぞご無事で」です。今度行くのははっきり言って『バカ』と私も言わせて頂きたいです。でも、あなた方のことは、「嫌いになれない」です。悲しくも情けない話です。
「嫌いになれない」は、高遠さんのお言葉でした。あれを聞いた時、私は思いました。「イラクでの日本人の好感度を上げる言葉」だと。「彼らの犯したミスは日本人を危険にさらした」ことも事実でしょう。だけど、無意識に放たれた彼女の気持ちを表したその言葉は、何分の1かのフォローをしたのではないかと。
私もあまり人を嫌いになることはありません。嫌われることはあります。それは、私に原因があることもありますが、自分がどんなに努力してもどうにもならないような理由、本能的に嫌われていることもあるでしょう。
どんなに酷いことをされても、あまり長い間覚えていません。単なる、若年性健忘症なのかもしれません。『忘却は生き延びる為の智慧』と言えるかもしれません。
そんな私ですが、誰かのことを苦手に思うことはあります。これは「嫌い」という感情と同じというわけではないと考えています。
考えてみれば、「嫌い」という感情も、相手に対して相当特別な感情を抱いているわけであり、その「嫌い」である対象者は、図らずも常にその嫌いである当事者本人のかなりの関心の割合を占めるものであります。これは不幸なことです。
いわば、「嫌い」という感情も一つの執着であり、幸福になるためには、その感情から解放される必要があります。
もっとも、「誰かを嫌っている私」を楽しんでいたり、「そういう自分が好き」という方はその限りではありません。ただし、その場合のその感情が、本当に「嫌い」と言っていいものなのか、再考の余地があるように思われます。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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