イラクで日本人拘束

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

亀>nanisunjyaさんへ

投稿者: yek31121 投稿日時: 2004/06/08 10:36 投稿番号: [197013 / 280993]
自分の聞いた情報は。

「日本からの打電を英語に訳す際に大使館の不手際があって宣戦布告が遅れた、意図したものではない」という反論はある

この反論の情報かもしれません。

日本は1941年12月8日未明(日本時間)全く無警戒の真珠湾を奇襲攻撃したとして末代までトレチャラス・アタック(騙まし討ち)、卑劣な国だとの烙印を押されてしまった。

アメリカはそれを理由に予てより参戦意欲の無いメリカ国民を奮起させ第二次世界大戦に参戦した。

事実はどうか。
当然日本は当時の国際法に則り真珠湾攻撃直前に間に合べく正規の宣戦布告を行うよう在ワシントン日本大使館に暗号電文を送っている。

11月26日のハルノートで交渉継続の望みは全く無くなり、将に風雲急を告げる状況下にもかかわらず現地大使館では特別勤務体制も取らず、ある館員に至っては東京で新築した家用の家具を探す事に血眼だったとか、寺崎英成一等書記官の送別会を開くなど、緊張感が全く見られなかった。こういう中に東京側は重要な暗号電文を送信。以下時間はワシントン時間。

12月6日午前6時30分:901号電発信   内容は「ハルノートに対する対米覚書を別電902号で送る。
           長文なので14部に分ける。極秘。アメリカ側通告時間は追って指示。
           いつでも手交しうるよう準備せよ」、通称パイロットメッセージ。
時間不明 :「機密漏洩防止の為覚書作成にはタイピストを使わぬ事」の指示。
12月6日午前6時30分:902号電1部目発信、
12月6日午後0時30分:902号電13部目発信、
12月7日午前2時00分:902号電14部目発信
12月7日午前2時30分:904号電発信   内容は「7日午後1時に野村大使よりハル国務長官に   
           本件対米覚書を直接手交せよ」
この最後の904号電が大使館に配達(なんと、長閑な事か!!)されたのは7日の午前7時頃。
電信員が解読してタイプが終わったのが午前10時30分、902号電14部目が午前11時30分。

13部目までの公文書作成が終わっていれば最後の14部目の公文書化を担当していた奥村一等書記官のタイプ能力でもせいぜい20分もあれば充分で(プロなら2,3分)1時の指定時間には問題無く間に合った。

現実は悲惨であった。
暗号文の解読・清書(タイプの事もある)は電信員6人が手分けをして行った。
13部全部の解読・清書は未完であった6日の午後8時頃公文書作成担当の奥村一等書記官ともども寺崎一等書記官の送別会に出席。午後9時半頃帰館し解読を再開。13部全部の解読が終わったのは7日午前3時頃。奥村書記官も一緒に帰ったが公文書作成作業をどうしたかは不明。
兎に角904号電(1時までに手交せよ)の解読が終わった午前10時半には13部の公文書タイプは終わって無かったので大使館はパニック状態。
不可解なのは本来901号電の指示がある以上解読作業同様公文書タイプも書記官が共同で行うべきところだがこれ以前は勿論パニック状況になっても奥村書記官一人にタイプを任せた事だ。
一説によると大使館内の派閥争いから来る人間関係の悪さが原因という。
奥村書記官はタイプに堪能ではなく、完全主義者で一字でもタイプミスがあるとそのページをやり直すという具合だからなかなか進まない。
それでもタイプする前に電信員の清書を書記官・大使が中身を見ているのだから、全14部は間に合わないと分かれば明らかな宣戦布告である第14部だけでも指定時間に手交し詳細はあとから渡すと言えば良かった筈。
それをあろう事か野村大使はわざわざハル国務長官に電話して時間を2時に変更してもらい実際に会えたのは2時20分頃。
勿論現地真珠湾では7日午後1時25分(日本時間8日午前3時25分)攻撃開始で時既に遅し。

おまけにハルはこの日の午前10時40分には904号電も902号電14部までも全てマジックによる解読文を読んでいた。ルーズベルトも米国参戦の口実を作る為にハワイの現地司令官には知らせていなかった事今や常識。
それどころか念のいった事に米政府はキンメル海軍大将・太平洋艦隊司令長官を奇襲攻撃を防止しなかったと長官を解任・降格、翌年3月少将で退任させるという非情な処置をした。
更に言うなら、日本の対米開戦は1940年10月7日付海軍情報部極東課長アーサー・マッカラム少佐作成の「戦争兆発行動8項目覚書」が秘密裏にアメリカ政府戦略として認められ着々と実行した結果日本がアメリカの思惑通りに乗せられたことによることが、99年12月発売のロバート・スティネット著「DAY OF DECEIT:THE TRUTH ABOUT FDR AND PEARL HARBOR」によって明らかになった。
おりしもキンメルの名誉回復を求める声が高くなり、上院が99年5月、下院が2000年10月キンメルの名\xCD
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)