>>情けは人の為ならず
投稿者: ntdmx115 投稿日時: 2004/06/02 19:13 投稿番号: [193320 / 280993]
>>人は常に何かの命を奪わなければ生きて行けないあたりまえのこと>>
全くその通りですね。テレビのチャンネルをひねれば、毎日、どこかでグルメ番組をやっています。食べ物を頬張って、「…うまい!」を連発している。たまにはいいけど、年中、そればかり放送しているテレビって、軽薄そのものだと思います。
他の命をもらって生かしてもらっている、そういう敬虔な思いのかけらも持たない人達の番組です。
食事の前に、「いたきます!」と手を合わせるのは、与えてくれた「命を頂かせてもらいます」という意味なのだと思うのですが。
同じ地球上に、今現在、飢えて死んでゆく大勢の人達がいるというのに、生きながらえるためではなく、娯楽として、食べ物をおもちゃにする番組を連日放送しているテレビが、人道だ、イラクの人達の苦しみを知れ、などと叫いてみても、空々しく聞こえるばかりです。
他人の痛みを知れ、などとよく言えるものですね。「人の為」と、口にした途端に、それは「偽り」になってしまうのだと言うこと。教えて頂いて、ありがとうございました。
漢字というのは、本当に奥が深いですね。私の好きな、漢字の分解は、
「幸」という字の中には、「辛」という字が隠れているという例です。ポピュラーですから、ご存知の方も多いと思いますが。
辛さを乗り越えないで手にした幸せは、脆く、消え去ってしまうのです。
日本の民主主義にも、憲法にも言えることかも知れません。
そして、佐世保の今度の事件も、イラクの襲撃事件も、ここで受けた痛みを噛みしめ、強く心に刻み込んで、将来の糧にできればいいのですが。
一過性の憂慮で、又、何か次なる衝撃的なニュースがあると別の憂慮に置き換えてしまう。学習と言うことにつながってゆかない風潮を恐ろしく思います。
ああ、狂牛病は、現代版タリバンか!
これは メッセージ 193226 (petsangeles さん)への返信です.
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