>>>>>ああ、またイスラムへの無理解
投稿者: jounojouma 投稿日時: 2004/05/26 19:35 投稿番号: [188207 / 280993]
いえ、いえ、比叡山は、京の町衆からは、忌み嫌われていたんですよ。
僧兵達が、自分たちの利権の拡大の為に、京の町で、乱暴狼藉して
いましたからね。
初期の新撰組の芹沢鴨一派、みたいなものですね。
「尽忠報国の士に対する、資金援助ができないのか?」
と、京都の商家で乱暴狼藉したのと、同じな訳です。
信仰の布教と言ったって、要は利権(荘園)の拡大ですから、あの連中の腹の
底は。
その本音の部分を、信長に突かれて(織田信長は、信仰の自由は
認めていました。しかし、宗教が政治介入するのは、決して認めません
でした。徹底した政教分離思想者ですね)、比叡山も石山本願寺も、
既得権益の保持の為、信長に宣戦布告してきたのです。
いわば、信長は、
「そっちがそう言う気なら、こっちも徹底的にやるぞ。覚悟しておけよ。」
と、受けてたったわけです。
平安末期の、歌にもこう言う一首があります。
「
この世の中で
思いのままに無らぬもの
鴨川の流れに
さいの目に
比叡山の僧兵
」
とありますから、もう厄介者以外の何者でもなかったのでしょう。
これは メッセージ 188199 (sironeko_kuroneko_ti_ku さん)への返信です.
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