亀レス・耳障り
投稿者: mutekikougun_2664 投稿日時: 2004/05/24 20:35 投稿番号: [186917 / 280993]
耳障りについて
耳障り 聞いて不愉快またはうるさく感ずるさま。
「―な音」「―なうわさ話」
>これは流行ってる使用法だけど、やめたほうがいいよ。
>耳触りと、漢字をかえるならまだしも。
>耳障りでは・・・。
>目障りが良いってありえないものね。
これが私の最初に書いたもの。
『耳障り』これが否定的な時にのみ用いられる語であることに異論はないと思います。障りの語の意味から推し量れば否定する理由はありませんでしょう。
では、問題となった『耳障りの良い』という語。最近よく見かける用法です。
肌触り、手触りなどの言葉のイメージと、耳あたりという言葉が複合して、耳障りの良いという語を生んだものと思われます。これは明らかに誤用です。
しかしながら、日本語は本質的に流動性のある言語ですので、誤用が一般化することも珍しくありません。
良く引き合いに出されるのが『一生懸命』です。最近の辞書では、ほとんど、この『一生懸命』を認めてしまっていますが、これが本来は間違いであることは、語源を知れば誰もが理解することと思います。
さて、当初の書き込みをよく読んでください。
流行っていると書いていますね。これは、誤用であるはずの『耳障りが良い』という用法が、結構あちこちで見られる現状を指しています。それを私は認識して書いているのです。
この流れから、将来は誤用でなくなる可能性が高いものと想像されるのですが、嘆かわしいことです。
そして、触ると字をあてるならまだしも、といった書き方をしていますね。
これは、本来の耳障りという言葉では、漢字としての意味において整合性がないので、新語として用いるならばこちらであろうという意味合いで書かれたものです。耳触りがいい。これならまだマシです。
耳触りが良い。20年ほど前、谷山浩子さんが曲の中で使っていたことを思い出します。
そこにおいても、本来の用法ではないのだということがメッセージされた上で使われています。おそらく、当時であれば完全に誤用扱いであったものと思われます。
話が飛びますが、似た状態の語に『すべからく』があります。結構、多くの人が《すべて》の意味で用いていますが、これも誤りですね。すべしのク語法であり、末尾はべし、またはべきとする形で、《するべき》の意で用いなくてはなりません。
しかしながら、残念なことに、あとしばらくでこの誤用も辞書に俗用として認められることでしょう。
変化を許すのが日本語ではありますが、ここ数十年の変化はとても急激で、文化の崩壊とまでは言いませんが、何か寂しいものがあります。
美しい日本語。せめて、誤用は誤用であることを知りつつ使ってもらいたいものです。
横レスでいい加減なことを主張する前に、調べてもらいたいものです。
耳障り 聞いて不愉快またはうるさく感ずるさま。
「―な音」「―なうわさ話」
>これは流行ってる使用法だけど、やめたほうがいいよ。
>耳触りと、漢字をかえるならまだしも。
>耳障りでは・・・。
>目障りが良いってありえないものね。
これが私の最初に書いたもの。
『耳障り』これが否定的な時にのみ用いられる語であることに異論はないと思います。障りの語の意味から推し量れば否定する理由はありませんでしょう。
では、問題となった『耳障りの良い』という語。最近よく見かける用法です。
肌触り、手触りなどの言葉のイメージと、耳あたりという言葉が複合して、耳障りの良いという語を生んだものと思われます。これは明らかに誤用です。
しかしながら、日本語は本質的に流動性のある言語ですので、誤用が一般化することも珍しくありません。
良く引き合いに出されるのが『一生懸命』です。最近の辞書では、ほとんど、この『一生懸命』を認めてしまっていますが、これが本来は間違いであることは、語源を知れば誰もが理解することと思います。
さて、当初の書き込みをよく読んでください。
流行っていると書いていますね。これは、誤用であるはずの『耳障りが良い』という用法が、結構あちこちで見られる現状を指しています。それを私は認識して書いているのです。
この流れから、将来は誤用でなくなる可能性が高いものと想像されるのですが、嘆かわしいことです。
そして、触ると字をあてるならまだしも、といった書き方をしていますね。
これは、本来の耳障りという言葉では、漢字としての意味において整合性がないので、新語として用いるならばこちらであろうという意味合いで書かれたものです。耳触りがいい。これならまだマシです。
耳触りが良い。20年ほど前、谷山浩子さんが曲の中で使っていたことを思い出します。
そこにおいても、本来の用法ではないのだということがメッセージされた上で使われています。おそらく、当時であれば完全に誤用扱いであったものと思われます。
話が飛びますが、似た状態の語に『すべからく』があります。結構、多くの人が《すべて》の意味で用いていますが、これも誤りですね。すべしのク語法であり、末尾はべし、またはべきとする形で、《するべき》の意で用いなくてはなりません。
しかしながら、残念なことに、あとしばらくでこの誤用も辞書に俗用として認められることでしょう。
変化を許すのが日本語ではありますが、ここ数十年の変化はとても急激で、文化の崩壊とまでは言いませんが、何か寂しいものがあります。
美しい日本語。せめて、誤用は誤用であることを知りつつ使ってもらいたいものです。
横レスでいい加減なことを主張する前に、調べてもらいたいものです。
これは メッセージ 186626 (kazeisirota さん)への返信です.
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