タリバン
投稿者: M_Keith 投稿日時: 2004/05/24 00:12 投稿番号: [186393 / 280993]
ソ連軍アフガン侵攻から、ムジャヒディンはアフガン撤退をさせたのはよかったのですが、内戦が続いて混迷の事態が続きました。そんな中、イスラム原理主義の超過激で純粋な若者たちが、見事な策略も用いてほぼアフガニスタンを統一したのです。それがタリバンでした。ムラー・オマルが指導者です。徹底的に国民にイスラムの戒律を守らせ、女性はいろいろ厳しく自由を宗教的戒律によって制限されました。タリバンの産みの親ともいえる国、パキスタンと最も厳格なワッハーブ派のイスラムのサウジアラビアにしか国家承認を受けられませんでした。
彼らの言葉に、こんなのがあります。バーミヤンの石仏を大砲で破壊した時「世界の人々は、われわれの国の飢えた人々には関心がないのに、石の仏には関心を持っている」これは、ユネスコやユニセフなどの慈善事業の持つ限界と欺瞞性を鋭く暴いた言葉でもあるかと思います。
もちろん、タリバンはそのあまりの過激ぶりで、周辺国に信用されず、麻薬取引など問題の多い政権でした。なので、ウサマ・ビンラーディンをかくまったとしてアメリカに懲罰を受ける結果となったのでしょう。しかし、その後のアフガン情勢で、アフガンを統一できるほどの勢力は見当たりません。アフガニスタンの行方は・・・。
これは メッセージ 186378 (used_nad_uoj さん)への返信です.
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