差別と決めつけるのは…
投稿者: used_nad_uoj 投稿日時: 2004/05/23 22:11 投稿番号: [186285 / 280993]
話が少しずれ気味になりますが、他者に対する慈悲とか慈愛というものは、厳しさを伴って初めて実現するのではないでしょうか。ただ、言葉面で人道的であったり、優しさを表現するのは簡単ですが。冷徹さの裏打ちのない慈悲などというのは、土俵に片足を置いただけで、いつでも逃げ出せる姿勢で示す、パフォーマンスに過ぎません。
現実に、日々仕事としてハンディキャッパーと向かい合っておられる方の重みのある言葉として、私には、素直に受け止められたし、彼が人を見下しているなどというふうには考えません。
建前ばかりが大手を振って、きれい事で何事も片づけてしまおうとする風潮の方が気にかかります。
運動会のかけっこで、差別を着けるのは悪いといっている、世の中を知らない愚かな教師が、現実社会に対応できない子供たちを世の中に送り出してきた結果でしょうか。
世の中には能力差、人種差、性別差、貧富の差、美醜の差…と、あらゆる不公平や差が存在するのであって、まずその現実を踏まえた上で、いかにしてその不公平を補ってゆくかで、人は知恵を使っているのではないでしょうか。
彼は、掲示板というメディアの特性の中で、本音の話をしているだけです。
批判をしている方々も、じっくり自分の心の仕組みを見つめ直してみれば、彼と同じ考え方を自分もしているのだということに気がつくはずです。
それを口にしてはいけない、そんな空気が、故もなくこの世の中に蔓延しているだけの話だと思います。
狂牛病は、現代版タリバンだ!
これは メッセージ 186232 (barutantomozou さん)への返信です.
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