>崇高な使命
投稿者: used_nad_uoj 投稿日時: 2004/05/20 16:26 投稿番号: [183020 / 280993]
ボランティアをしようという動機にはいろいろあるんでしょうね。
過去の自分のしてきたことへの後ろめたさだとか、それを償いたいって気持ちも含まれていると思う。
その要素が少しでも含まれているときに、たけし氏が言うような、気恥ずかしさが伴うんじゃないかしら。
自分探しのボランティアだとか、市民運動だNGOだと騒いで、「ああ、自分は崇高な人間だ!」などと思い込み、まったくの自省を伴わない、声高に自己の存在をアピールするようなのは、善意の押し付けであって、醜いものに陥りやすいと思いますよ。
ちょっと話し外れるけど、車内に「優先席」という張り紙をしたとたん、若者が年配者などにまったく席を譲らなくなってしまった。
さりげなく、自発的に、他者を労わるという、人間本来の優しさを、声高にそれを人に押し付けようとするものが壊してしまうんですよ。
今度の事件で、どれだけ素直にイラクの人達に同情を寄せようとしていた人の気持ちを白けさせてしまったことか。
その意味でも、あの三人とその家族たち、そして偏向マスコミは、イラクの人達にとっても、とても罪深い存在だったといえるでしょう。
そこで、声を潜めて、そっと言います。
狂牛病は、現代版タリバンだ!
これは メッセージ 182992 (pia6614 さん)への返信です.
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