差別及び差別の減退率について
投稿者: barutantomozou 投稿日時: 2004/05/19 15:46 投稿番号: [182211 / 280993]
そもそも差別が年数が経つと減少するかということに、半減期の概念を用いること事態が無理があるというのはお判りでしょう。
細かいことですが、私は減退率という言葉はやや意味が違うと思うので、減衰率と書き換えさせていただきます。
差別という言葉自体の概念からまずは定義すべきであり、人種差別、年齢差別、性差別、出身地差別、学歴差別、国籍差別等々いろいろな差別の基準があります。
もともと、人間はみな平等だという言葉自体に曖昧さがあるわけで、生まれた時点から各人の所有する能力(身体、知能、親から相続しうる財産)は千差万別であり、これらの潜在する能力差に関係ないものとして個々の人格の尊重という意味で平等だということをあらわしています。その人格を守るために人権があり、このことのみが万人に共通して平等だということです。
しかし、人間の大部分は他者との比較によって満足感や安心感を得る生き物です。
そこで自分より境遇が悪いと思う人たちを見て、「自分はまだましだ」とか「彼らはレベルが低い」という差別の心が生まれるわけです。
この差別の心は、人が人として集団生活をおくる以上無くなることはないでしょう。
ですから、差別の心は減衰することは無いので、減衰率は0%ということになります。
問題はこの心が心の中だけでとどまらずに、職業の選択や結婚相手の選択という具体的な社会生活に影響を及ぼす場合に発生します。
あえて、この場合に賃金についての格差は除外します。これは同じ出身や能力であっても実情は評価基準の設定の難しさから出身グループや親の職業や本人の能力や功績から見てはためには格差が無いように思えても差がつくことはままあるからです。
幸い、私の周りではそのような事例を見受けることはほとんどありません。
海外に出て日本人がコンプレックスを持つのはおもに外見的要因がほとんどだと考えます。
それが逆にばねとなって、仕事の面で見返そうという原動力に結びついたのが戦後の経済発展の一因だと思っています。
差別があっても、挑戦する権利は平等に与えられていさえすれば問題はないと私は思います。
これは メッセージ 182072 (english_english_english_english さん)への返信です.
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