lonlontimagoさん>差別の心
投稿者: himatubushi5656 投稿日時: 2004/05/18 13:38 投稿番号: [181248 / 280993]
私が、差別の議論で常々感じていることなのですが。
心にあるうちは偏見であり、それが言動に出れば差別なのではないでしょうか?心の偏見は、多分無くならないと思います。小さい頃からの刷り込みで偏見を持ってしまう場合もありますし、自分の狭い経験から自己防衛本能で持ってしまう場合もありますし、社会全体の風潮からという場合もあり、これを全部なくせというのは、人間をやめれ、というようなものです。
それに、健全なステレオタイピングと偏見の境目を引くのも、難しいことではないでしょうか。
私も偏見をたくさん持っていると思います。人種でもありますし、社会的な位置や学歴によるものもありますし、さまざまなものです。
自分のなかの偏見を、客観的に見られる姿勢を保つことが、差別発言や行動を抑える、唯一の方法ではないかと思います。ただし、個人にそれを強制することはできないので、法律で規制しなければならなくなるのでしょうね。
アメリカでの黒人差別の不当性を訴えている日本人がアジア人差別の発言なさっている、なんてこともあります。個人では気が付かないことも多々あるでしょう。それに差別の不当性を良く知る被差別者が、第三のグループを差別している場合もあります。
私も感情よりも、客観的なものの見方をしたいと心がけてはいるのですが、なかなか先走ってしまう感情を抑えることができなかったりします。日々勉強、と心がけています。
ヨコレスで、失礼しました。
これは メッセージ 181235 (lonlontimago さん)への返信です.
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