churchill_w_sさん>君が代
投稿者: himatubushi5656 投稿日時: 2004/05/18 12:21 投稿番号: [181212 / 280993]
私は、天皇の存在意義というのは、文化、伝統の継承のため、と考えておりますので、彼らが
>京都に帰って有職故実とか和歌とか書道といった文化活動をされながらつつましく暮らす<
というご意見に共感します。
>国歌としての君が代の歴史は、たか
だか百五十年前後ですから、強調されるほどの伝統性はないでしょう
確かに国歌としての歴史は浅いかもしれませんが、私が
Msg179689 で長々と書いたように、君が代の(最初は『古今和歌集』の「我が君」から始まったようですが)歌詞は色々な文学、芸能の分野でずっと歌われているものです。
曲は確かに新しいですが、雅楽の様式で演奏されれば、非常に美しい優雅な名曲です。吹奏楽やピアノで演奏では駄曲になってしまいますが。その駄曲ばかり聞かされていたために、私も「君が代なんて、別にこだわらなくてもよいじゃん」と考えていました。長野のオリンピックの開会式で聞いた「君が代」には天地がひっくり返るくらいの衝撃を受け、それから君が代推進派、それも強硬な、に変わったのです。
>「国家(歌?)=君が代」の絶対性
はない、と私は思います。が、次に何を選ぶか、といったときに、西洋の音楽史は教えられていても、日本の音楽の歴史も教えられていない日本の人たちが、これ以上のものを選択できるとは思えません。これは日本の人たちを愚弄するものではなく、明治時代からの文部省の偏向教育に原因があると、私は考えていますが。
私が君が代にこだわるのは、こういう理由であり、多分こういう意見を持つ人は君が代推進派の中でも極少数であると思います。でも、西洋音楽を勉強しつつ、日本の伝統文化を愛する私としては、ことあるごとに主張しなければならないことだと、考えております。
これは メッセージ 181086 (churchill_w_s さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/552019567/a5a4a5ia5afa4gffckdcbfm94bab_1/181212.html