>*7 “自己責任”の押さえ所
投稿者: nipponnosentaku 投稿日時: 2004/05/13 12:02 投稿番号: [176529 / 280993]
>「自己責任」に拘るの?
というか、自己完結責任だったよね?
単純です、「自己責任」についてのやり取りをしているからです。拘っているわけではありません。
また、「自己責任」とはそもそも、いちいち言葉に出すことも憚られるくらい、当たり前のことでしょう。
反対に、それこそ貴殿の方で、法律上の「自己責任」という“狭い用法”に拘っておられる、あるいは引っ張られてしまっておられるのではないでしょうか。
法律上の「自己責任」とはあくまで、“法律に関わる事案(今回で言えば事件そのもの)を法律に従って解決する”という限定されたもの、少し付言すれば「(事が起こった後の)結果」だけについてのものに過ぎないのではありませんか。
私が所々で「完結」という言葉を注記しているのは、どうやら彼らに「自覚」を望んでいる方々は“当たり前の「自己責任」”(しかも、これが当初から指摘されている「自己責任」の意味です)の観点から、反対に(少なくとも責任論において)“擁護”に傾く方々は「自覚」を「(結果において)果たすこと、取ること」と取り違えた“法律上の「自己責任」”の観点から意見を述べている様子であるので、そうした食い違い、誤解を解消させるためでもあるわけです。
分かっておられる方々にしてみれば、「完結」はむしろ不要であり、目障りであるとさえ言っても良いでしょう。
>他人に、それを強制しちゃいけないんじゃない?
もちろん「強制」など決して致しません。仮に強制しようしてもできようはずがありません。行動も自由、渡航も自由です。最終的には当人達の自主的な意志です。
要は「自覚」を“促している”のです。繰り返しになりますが、巷の「責任」論はそうした立場から発せられているということです。
>現実には、100%は不可能なんだし。
当然です。私の方からはそうしたお断りを当初から申し上げていること、お忘れになっておられませんか。
むしろ、「100%」、「絶対」、「有るか無いか」といった極端な捉え方、受け止め方から抜け出せずにいるのは貴殿の方ではありませんか?
>それがないと「甘え」が出ると、言われるけれど。私は、実際に拉致され、拘束され、恐怖も感じ、帰国しても、あれだけの社会的制裁というか、イジメを受けた彼らが、そんなに「甘い」反省しかしないとは思えない。危険回避の為のノウハウもきっと集めるだろうし、慎重にもなるだろう。わからないけど…。でも、何しろ、日本は、他の国と違って、救出されても、反体制的だと叩かれるんだもん。出る杭は徹底的に叩かれるんだよね。
このように受け止めることこそが「甘え」である、と強く申し上げておきます。
事は生死に関わること、そして個人の信念に関わることです。
少々きつい言い方になりますが、そうした程度のことで“いじけて”どうするのでしょう。
>私個人としては、拉致されたからどうのってことよりも、拉致されなかった場合、どの程度の事が出来たのよ? の方が気になる。主に○○なんだけどね。
それはそれとして他の所で意見交換をお進め頂ければと思います。
私からはここでは何も申し上げません。
単純です、「自己責任」についてのやり取りをしているからです。拘っているわけではありません。
また、「自己責任」とはそもそも、いちいち言葉に出すことも憚られるくらい、当たり前のことでしょう。
反対に、それこそ貴殿の方で、法律上の「自己責任」という“狭い用法”に拘っておられる、あるいは引っ張られてしまっておられるのではないでしょうか。
法律上の「自己責任」とはあくまで、“法律に関わる事案(今回で言えば事件そのもの)を法律に従って解決する”という限定されたもの、少し付言すれば「(事が起こった後の)結果」だけについてのものに過ぎないのではありませんか。
私が所々で「完結」という言葉を注記しているのは、どうやら彼らに「自覚」を望んでいる方々は“当たり前の「自己責任」”(しかも、これが当初から指摘されている「自己責任」の意味です)の観点から、反対に(少なくとも責任論において)“擁護”に傾く方々は「自覚」を「(結果において)果たすこと、取ること」と取り違えた“法律上の「自己責任」”の観点から意見を述べている様子であるので、そうした食い違い、誤解を解消させるためでもあるわけです。
分かっておられる方々にしてみれば、「完結」はむしろ不要であり、目障りであるとさえ言っても良いでしょう。
>他人に、それを強制しちゃいけないんじゃない?
もちろん「強制」など決して致しません。仮に強制しようしてもできようはずがありません。行動も自由、渡航も自由です。最終的には当人達の自主的な意志です。
要は「自覚」を“促している”のです。繰り返しになりますが、巷の「責任」論はそうした立場から発せられているということです。
>現実には、100%は不可能なんだし。
当然です。私の方からはそうしたお断りを当初から申し上げていること、お忘れになっておられませんか。
むしろ、「100%」、「絶対」、「有るか無いか」といった極端な捉え方、受け止め方から抜け出せずにいるのは貴殿の方ではありませんか?
>それがないと「甘え」が出ると、言われるけれど。私は、実際に拉致され、拘束され、恐怖も感じ、帰国しても、あれだけの社会的制裁というか、イジメを受けた彼らが、そんなに「甘い」反省しかしないとは思えない。危険回避の為のノウハウもきっと集めるだろうし、慎重にもなるだろう。わからないけど…。でも、何しろ、日本は、他の国と違って、救出されても、反体制的だと叩かれるんだもん。出る杭は徹底的に叩かれるんだよね。
このように受け止めることこそが「甘え」である、と強く申し上げておきます。
事は生死に関わること、そして個人の信念に関わることです。
少々きつい言い方になりますが、そうした程度のことで“いじけて”どうするのでしょう。
>私個人としては、拉致されたからどうのってことよりも、拉致されなかった場合、どの程度の事が出来たのよ? の方が気になる。主に○○なんだけどね。
それはそれとして他の所で意見交換をお進め頂ければと思います。
私からはここでは何も申し上げません。
これは メッセージ 176425 (sabaku_55 さん)への返信です.
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