天皇家
投稿者: heiwatoiugennsou_2004 投稿日時: 2004/05/12 01:48 投稿番号: [175267 / 280993]
普通に使われていますよ、この言葉。
枢密院委員会記録より抜粋
昭和二一、四―五
憲法改正草案
枢密院審査委員会審査記録
主権の所在は明瞭にせよと云ふ点は議論になる。現行法の下でも然り。法律的に曖昧にしてよいといふわけでない。法律的の実在ははつきりしてゐる。しかし法律的構成論はことなる。いかに構成するかの仕事は学者の仕事なり。権力の主体は人格者たるべし。国民は人格者でない。前文の文字は政治的な意味しかもたない。この点は意見の相違かも知れぬ。国民の中に天皇が含まるるや、前文と第三章にある国民の意義について特に問題となる。私は前文と第三章は異なる前文は政治的の民主主義の闡明で国民といふのは天皇がその中心に立たれると思ふ。しかし第三章のやうに個々的に国民を指摘したときは天皇はこれに入るまいと思ふ。
表現はよくないがやむをえない。国体護持と天皇制護持は、私見としては同じと思ふ。もつともいはば天皇家の護持は国体の護持ではない。これに反し天皇が国の中心点に立ち国を表現してゐると云ふ事は国体なり。之は天皇家の問題ではない。国民が天皇を仰いでもつて奉戴する事は肇国以来かはらぬ。実権の方は変遷多し。なほ国体の本義と云ふ本は廃止する事にした。
http://www.cc.matsuyama-u.ac.jp/~tamura/yogohotitu5.htm
これは メッセージ 175228 (pikkoro20042002 さん)への返信です.
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