(二人の)自己愛の昇華した表現方法
投稿者: weekend_ski_holiday 投稿日時: 2004/05/09 16:21 投稿番号: [172105 / 280993]
>自己責任という「自己愛=エゴ」との対自的葛藤に悩み、それを解決すると言う精神的作業が見えない。その行為を黙殺・逃避して他者愛・ヒューマニズムの美名の中に潜り込んで(自己欺瞞して)責任を回避し、ナルシズムに浸っているというのが、あの二人の会見の実体だ。ヒューマニズムの中に嘘ったらしい自己愛が透けて見える
なるほど。
だから
多くの人々が
あの会見に対して
違和感を持ったわけですね。
これほど明晰に分析出来ていなくても
漠然としながらも
「これは違う」という感覚を
抱いた理由が
これでよく分かりました。
彼らの言動には
どこか(肝心な部分が)「欠落」しているような…そんな感覚・印象を
常に感じてきたのです。
要するに、
自己と向き合うこと(核の部分)無くして
他者愛・ヒューマニズムの美名の下に
ああいった行動を展開しているのですね。
道理でお粗末感がありました。
しかし、何故
いまだ
「彼らは立派だ」みたいなことを言う人々がいるのか?…ということも
私には不思議。
彼らが何故イラクへ行ったのか?
何故イラクでなくてはならなかったのか?
そういったところ(彼らの[イラク行きの]動機の真相・深層)を
もっと突き詰めて考えてみるべき。
これは メッセージ 153508 (sakuhinron さん)への返信です.
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