★ 小説・李承晩の野暮 ★ ①
投稿者: bmmkx155 投稿日時: 2004/05/07 21:34 投稿番号: [169698 / 280993]
竹島は、ふたつの小島(西島、東島)と、これを取り囲む数十の岩礁から構成され、主島は、いずれも海面から屹立した峻険の火山島である。
長きにわたり、日本人漁民の猟場の拠点であったこの島も、今では韓国に武力占領され、重装備の武器や高射砲によって近づく日本巡視船や漁船を威嚇している。
(一)
1952年、日本国内に連合国からの独立気運が高まり、日本の主権回復も秒読みにはいってきた1月のある日、韓国では李承晩(イ・スンマン)大統領が、景武台(青瓦台)に法務、国務両長官をよびつけていた。
北との戦いも休戦状態にはいった今、李承晩は国威高揚の指標を「反共」から「反日」に求めようとしていたのである。
「日米が、そろそろ安全保障条約を発効する。その前に、わが国としてしかるべき手を打っておきたい。しかもそれは、今後の対日政策において大きな影響を与えるものでなくてはならない。むろん、わが大韓民国にとって有益な影響を与えるものに、だ」
「で、そのしかるべき手とは?」
「東海(トンヘ)に線を引くことだ」
「東海……にですか?」
東海とは、日本海のことである。李承晩はこくりと法務長官に頷くと、傍らに用意しておいた半島周辺地図を机上にひろげた。
その地図には、すでに李承晩自身の手によってか、赤いラインがひかれてある。
法務長官はそれを見て小首を傾げた。
「大統領。これでは獨島(竹島)もわが領土に含まれてしまいます。昨秋に締結された日本国と連合国との講和条約のA項には、わが韓国の主権の及ぶ範囲は、済州島、巨文島、鬱陵島まで、となっており、獨島の名などはどこにもはいっておりません」
「承知のうえだ。だから先手を打つのだ」
「一方的に、ですか?」
「一方的に、だ。マッカーサーラインとかクラークラインとかあるだろう。あれと同じものだ。ソ連による北方領土のように、とまではいかんが、これでチョッパリ(日本人)どもに相当の屈辱を味あわせてやることができる」
李承晩は次に国務長官を振り返った。
「これに、なにか問題はあるか、国務長官?」
「国内的にはなにも問題はないでしょう。なにしろチョッパリが相手ですから。唯一、気になることと云えばは国際世論でしょうか」
「その点は大丈夫だ。とことん被害者を装えばいい。日本には強気に出るが、国際世論に対してはお涙頂戴に徹する。当分はこれでいける」
法務長官が再び口をはさんだ。
「しかし、獨島(竹島)は島根県隠岐郡の一部として、すでに日本が登記を完了しておりますが?」
「ぶり返すな。承知のうえだと云ったろう。無理が通れば道理がひっこむ。日本に対しては如何なる無理も道理となるのだ。わしはこの勢いで、対馬の領有権をも主張しようと思っているくらいだ」
「対馬をも……」
「七百年前、対馬を占領したのはだれだ? 日本では元寇などとひとくくりにしておるが、対馬を占領したのは蒙古軍でもなければ東路軍でもない、わが朝鮮民族の先祖だ」
事実である。対馬が占領された当時、島に住む男子及び老人子供は手当たり次第に惨殺され、婦女子らは陵辱強姦されたあげくに掌に穴をあけられ、それに綱を通し、まるで数珠繋ぎのように軍船に吊された。これらのやり口は皆、朝鮮民族の風習である。
この残虐を逃れた婦女子のなかには、発見されるのを恐れるあまり、泣きじゃくる我が子を絞め殺した母親もいたという。
現在でも、対馬では泣きやまない子がいると、「モクリ、コクリ(高麗軍。高句麗からきていると思われる)が来る」と云って泣きやますそうである。
「つまり、わが民族唯一の侵略戦争による戦利品なのだ、対馬は」
云ったあと、李承晩はふとなにかを思いだしたようにこう続けた。
「わしがアメリカにいたころ、たまたま知り合った欧州人が、こうわしに訊いてきた。君の国は、日本海の南に突き出ているあの半島か、とな。わしは気に入らん、と激怒した。あれは日本海ではない、東海(トンヘ)だと。するとその欧州人は怪訝な顔をして行ってしまった。以来、わしは日本海と云う名称をこの世から抹殺することを決意したのだ」
執念であった。およそ日本統治下も、さらには国内における抗日運動も経験していない人物のものとは思えぬほどの執念であった。
いや、むしろ知らないからこそここまで強引な対日発想が生まれるのかもしれない(ただし、李承晩は対日の素人ではない)。
「獨島(竹島)領有は、日本海を東海と云う正式名称に戻すための布石とも云える。法的整備を進めよ。急がねばならぬ」
法務長官は、李承晩の、この思いつき政策を合法化するため、急遽、「魚族資源保護法」なるものをつくり、日本海上のラ\xA5
長きにわたり、日本人漁民の猟場の拠点であったこの島も、今では韓国に武力占領され、重装備の武器や高射砲によって近づく日本巡視船や漁船を威嚇している。
(一)
1952年、日本国内に連合国からの独立気運が高まり、日本の主権回復も秒読みにはいってきた1月のある日、韓国では李承晩(イ・スンマン)大統領が、景武台(青瓦台)に法務、国務両長官をよびつけていた。
北との戦いも休戦状態にはいった今、李承晩は国威高揚の指標を「反共」から「反日」に求めようとしていたのである。
「日米が、そろそろ安全保障条約を発効する。その前に、わが国としてしかるべき手を打っておきたい。しかもそれは、今後の対日政策において大きな影響を与えるものでなくてはならない。むろん、わが大韓民国にとって有益な影響を与えるものに、だ」
「で、そのしかるべき手とは?」
「東海(トンヘ)に線を引くことだ」
「東海……にですか?」
東海とは、日本海のことである。李承晩はこくりと法務長官に頷くと、傍らに用意しておいた半島周辺地図を机上にひろげた。
その地図には、すでに李承晩自身の手によってか、赤いラインがひかれてある。
法務長官はそれを見て小首を傾げた。
「大統領。これでは獨島(竹島)もわが領土に含まれてしまいます。昨秋に締結された日本国と連合国との講和条約のA項には、わが韓国の主権の及ぶ範囲は、済州島、巨文島、鬱陵島まで、となっており、獨島の名などはどこにもはいっておりません」
「承知のうえだ。だから先手を打つのだ」
「一方的に、ですか?」
「一方的に、だ。マッカーサーラインとかクラークラインとかあるだろう。あれと同じものだ。ソ連による北方領土のように、とまではいかんが、これでチョッパリ(日本人)どもに相当の屈辱を味あわせてやることができる」
李承晩は次に国務長官を振り返った。
「これに、なにか問題はあるか、国務長官?」
「国内的にはなにも問題はないでしょう。なにしろチョッパリが相手ですから。唯一、気になることと云えばは国際世論でしょうか」
「その点は大丈夫だ。とことん被害者を装えばいい。日本には強気に出るが、国際世論に対してはお涙頂戴に徹する。当分はこれでいける」
法務長官が再び口をはさんだ。
「しかし、獨島(竹島)は島根県隠岐郡の一部として、すでに日本が登記を完了しておりますが?」
「ぶり返すな。承知のうえだと云ったろう。無理が通れば道理がひっこむ。日本に対しては如何なる無理も道理となるのだ。わしはこの勢いで、対馬の領有権をも主張しようと思っているくらいだ」
「対馬をも……」
「七百年前、対馬を占領したのはだれだ? 日本では元寇などとひとくくりにしておるが、対馬を占領したのは蒙古軍でもなければ東路軍でもない、わが朝鮮民族の先祖だ」
事実である。対馬が占領された当時、島に住む男子及び老人子供は手当たり次第に惨殺され、婦女子らは陵辱強姦されたあげくに掌に穴をあけられ、それに綱を通し、まるで数珠繋ぎのように軍船に吊された。これらのやり口は皆、朝鮮民族の風習である。
この残虐を逃れた婦女子のなかには、発見されるのを恐れるあまり、泣きじゃくる我が子を絞め殺した母親もいたという。
現在でも、対馬では泣きやまない子がいると、「モクリ、コクリ(高麗軍。高句麗からきていると思われる)が来る」と云って泣きやますそうである。
「つまり、わが民族唯一の侵略戦争による戦利品なのだ、対馬は」
云ったあと、李承晩はふとなにかを思いだしたようにこう続けた。
「わしがアメリカにいたころ、たまたま知り合った欧州人が、こうわしに訊いてきた。君の国は、日本海の南に突き出ているあの半島か、とな。わしは気に入らん、と激怒した。あれは日本海ではない、東海(トンヘ)だと。するとその欧州人は怪訝な顔をして行ってしまった。以来、わしは日本海と云う名称をこの世から抹殺することを決意したのだ」
執念であった。およそ日本統治下も、さらには国内における抗日運動も経験していない人物のものとは思えぬほどの執念であった。
いや、むしろ知らないからこそここまで強引な対日発想が生まれるのかもしれない(ただし、李承晩は対日の素人ではない)。
「獨島(竹島)領有は、日本海を東海と云う正式名称に戻すための布石とも云える。法的整備を進めよ。急がねばならぬ」
法務長官は、李承晩の、この思いつき政策を合法化するため、急遽、「魚族資源保護法」なるものをつくり、日本海上のラ\xA5
これは メッセージ 169590 (bmmkx155 さん)への返信です.
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