>>こちら硫黄島、こちら硫黄島、
投稿者: toihotoke24 投稿日時: 2004/05/06 02:51 投稿番号: [167397 / 280993]
レスありがとうございます。
>飛行場は常に爆撃されて穴が開いては補修を繰り返して使うもので最後の方に脱出用の飛行機が何回か来た時も懸命に補修をしたのでしょう。
>
>全滅の前とは言っても数日前でしょうけれど。
私の疑問は、あの島の防衛方針は基本的に篭城戦で、火山の非常に温度の高い地面に、篭城用の穴をたくさん掘って守った島だということから、
日本海軍が飛行機を使うことができた日と、「こちら硫黄島...」という悲惨は通信がなされた時が、近い日ではないのでは?という疑問なのです。
たしか数ヶ月の日々をかけて、水のない島で穴を掘り続け、防衛拠点としたのではなかったでしょうか?
米軍は新兵器ロケット弾をうちまくって、あっという間に上陸しますよね。
でも、飛行場はしばらく持っていたのかも?
benikoro2002さんが書かれていた、「戦略上」というのがいつごろだったのか、とても気になるところです。
いずれにせよ、硫黄島戦についてほんとつまみ食いなので、わたしからはこの辺で。
レスをつけていただいたほかの方もありがとうございました。
これは メッセージ 167355 (tigris_iraq_euphrates さん)への返信です.
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