>★儒教とは★現代語訳
投稿者: beijingtune 投稿日時: 2004/05/06 02:18 投稿番号: [167333 / 280993]
儒家においては三皇・五帝・三王を天尊と号して、諸臣の頭目と仰ぎ、万民の橋梁と崇敬している。
三皇以前は父を知らず、自分を生んだ母さえも崇敬することを知らないで、人々はみな禽や獣と同じであった。
しかし三皇・五帝の時代から礼儀・人道が確立され、父母をわきまえて孝行を尽くした。
その例として、重華は頑愚な父を敬い、沛公は漢の高祖となって一国の帝王となったが、厚く父の大公を拝した。
また周の武王は、父の西伯を木像に刻んで、父の意志を継いで紂王の討伐に出陣し、丁蘭は幼くして母を失ったが、母の像を刻んで、生ける母のごとく仕えた。
これらは孝行の手本である。
比干は殷の世の滅ぶべきを見て、紂王の横暴を諫めたが、かえって殺害され、公胤は主君たる懿公が殺されて死体を恥ずかしられているのを見て、自分の腹を割いて肝を隠し入れて死んだ。
これらは忠の手本である。
尹寿は尭王の師であり、務成は舜王の師であり、大公望は文王の師であり、老子は孔子の師であって、これらの四人の師を四聖と号し、天尊も頭を垂れて敬い、万民は掌を合わせて崇拝した。
これらの聖人は、三墳・五典・三史等の三千余巻の書物があれども、その根本は三玄を出ないのである。
三玄とは、一には天地を有に約して立てた玄で、周公等がこれを立てた。二には天地自然を無に約した老子の玄、三には天地自然をまたは有または無と立てた荘子の玄がこれである。
玄とは一応深奥の理を説かれたものであるが、人間のこの世に生まれる以前はどうかと言えば、あるいは元気より生じたといい、あるいは、この世の中の貴賎とか、苦楽とか是非・得失等の現象はみな自然である等と言っている。
この様に巧妙に、その哲理を立てているとはいえ、まだ過去世、未来世については一分も知らず、玄とは闇黒で、さっぱり何もわからないということである。
したがって、ただ現世のことのみ知っているようである。現世において仁義等の道徳を定めて、これを実践して一家を安んじ国を守る、これに相違すれば一家一族も滅ぼしてしまうと教えている。
これらの儒教で賢聖と仰がれる人々は、聖人と呼ばれていても、生命の実体を知らないのである。
故に過去世を知らないことは、凡夫が自分の背を見れないのと同じであり、生命に来世があることを知らないのは、盲人が前を見れないようなものである。
ただ現世において、家を治め、孝行をいたし、堅く仁義等の五常を行するならば、傍輩もその人を敬い、名声が国内に広まり、賢王もこれを召し出して、あるいは臣となし、あるいは師とたのみ、あるいは王位をゆずり、諸天善神もきたって守り仕えたのである。
いわゆる周の武王には五人の老臣が来て仕え、後漢の光武帝には二十八宿が来て二十八将となったのがこの例である。
そのように、儒教の徳は高くても、生命の三世にわたることを知らないから、尊敬する父母・主君・師匠が死んだならば、その来世の幸福を授けることができないから、結局は不知恩のものであり、真の賢人・聖人ではないのである。
三皇以前は父を知らず、自分を生んだ母さえも崇敬することを知らないで、人々はみな禽や獣と同じであった。
しかし三皇・五帝の時代から礼儀・人道が確立され、父母をわきまえて孝行を尽くした。
その例として、重華は頑愚な父を敬い、沛公は漢の高祖となって一国の帝王となったが、厚く父の大公を拝した。
また周の武王は、父の西伯を木像に刻んで、父の意志を継いで紂王の討伐に出陣し、丁蘭は幼くして母を失ったが、母の像を刻んで、生ける母のごとく仕えた。
これらは孝行の手本である。
比干は殷の世の滅ぶべきを見て、紂王の横暴を諫めたが、かえって殺害され、公胤は主君たる懿公が殺されて死体を恥ずかしられているのを見て、自分の腹を割いて肝を隠し入れて死んだ。
これらは忠の手本である。
尹寿は尭王の師であり、務成は舜王の師であり、大公望は文王の師であり、老子は孔子の師であって、これらの四人の師を四聖と号し、天尊も頭を垂れて敬い、万民は掌を合わせて崇拝した。
これらの聖人は、三墳・五典・三史等の三千余巻の書物があれども、その根本は三玄を出ないのである。
三玄とは、一には天地を有に約して立てた玄で、周公等がこれを立てた。二には天地自然を無に約した老子の玄、三には天地自然をまたは有または無と立てた荘子の玄がこれである。
玄とは一応深奥の理を説かれたものであるが、人間のこの世に生まれる以前はどうかと言えば、あるいは元気より生じたといい、あるいは、この世の中の貴賎とか、苦楽とか是非・得失等の現象はみな自然である等と言っている。
この様に巧妙に、その哲理を立てているとはいえ、まだ過去世、未来世については一分も知らず、玄とは闇黒で、さっぱり何もわからないということである。
したがって、ただ現世のことのみ知っているようである。現世において仁義等の道徳を定めて、これを実践して一家を安んじ国を守る、これに相違すれば一家一族も滅ぼしてしまうと教えている。
これらの儒教で賢聖と仰がれる人々は、聖人と呼ばれていても、生命の実体を知らないのである。
故に過去世を知らないことは、凡夫が自分の背を見れないのと同じであり、生命に来世があることを知らないのは、盲人が前を見れないようなものである。
ただ現世において、家を治め、孝行をいたし、堅く仁義等の五常を行するならば、傍輩もその人を敬い、名声が国内に広まり、賢王もこれを召し出して、あるいは臣となし、あるいは師とたのみ、あるいは王位をゆずり、諸天善神もきたって守り仕えたのである。
いわゆる周の武王には五人の老臣が来て仕え、後漢の光武帝には二十八宿が来て二十八将となったのがこの例である。
そのように、儒教の徳は高くても、生命の三世にわたることを知らないから、尊敬する父母・主君・師匠が死んだならば、その来世の幸福を授けることができないから、結局は不知恩のものであり、真の賢人・聖人ではないのである。
これは メッセージ 167252 (wintrip_02 さん)への返信です.
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