>>朝日新聞たたきの後は、中日新聞叩きか
投稿者: ahou_x_ahou 投稿日時: 2004/05/05 18:25 投稿番号: [166435 / 280993]
人誰しも明確な価値観があって、常に普遍的に物が見えるわけではない。
そんな曖昧な感覚を持った人間が、右だ左だと決めつけて争う根拠は一体何だろう?
政党などの特定の党派に属していれば判断しやすいが、ある事柄が起きた時それを判断するのは極めて難しい。
私自身、以前に極左や極右の人ともよく激論してきた。
しかし未だに特定の党派に属することなく、己の思考に頼っている。
例えば「善と悪」の言葉があり、対立した時はお互いが相手を「悪だっ!」と罵って争う。
誰でも自分が「善」だと思うから闘う。
言ってみれば対立した時には悪も善も二つづつあることになる。
どちらも普遍性がなく、立場が変わると善は悪に、悪は善になる。
そうした曖昧なものを決めつけるのは、誰が考えてもそう思うような客観性が必要である。
そのためには客観性を持たせた事柄や説明する言葉が必要である。
そして言葉が出尽くした時に、それでも対立していれば決断は自らの感性や自我の支配によって決まる。
こんなしんどい過程を経て辿り着く己の信念が、掲示板ではいとも簡単にレッテルを貼られて決めつけられる。
そこであなたの・・・>偏りが目立つから仕方ないよね。
の偏りとはどんな根拠なんでしょうか?
これは メッセージ 166358 (moskichi1234 さん)への返信です.
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