喩えが不適当です
投稿者: joudandesu 投稿日時: 2004/05/04 15:01 投稿番号: [163825 / 280993]
山手線の新大久保駅で、ホームに転落した人を助けようとして亡くなった方と、今度の三人を同列に喩えて話をするのは、あまりに意図的で不快感を覚えます。
新大久保の彼は、目の前の危険に晒されている人命を救おうとして、一個人の本能的な善意から、自己責任の上で、自身の命を張って行った純粋な行為です。それは、余分な理屈を挟むことの出来ない崇高なものであり、敬意を表するべきものでしょう。
イラクの「人質」たちは、一部政党の管理下にある市民団体と連携を取り、周到に計画された政治的効果を計算しつくされたものです。
単独ではなく、複数(三人以外の大勢が参加しています)が協議の上で実行した不純な「似非人道的行為」なのです。
<咄嗟にしても、そうでなくても>
と簡単に扱っておられますが、咄嗟であるか、謀議を経たものであるかは、重要な差であるというべきでしょう。この点からも決して同列に論じられるべきものではないのです。
従って、結論的に言えば、
狂牛病は、現代版タリバンだ!
これは メッセージ 163773 (mimi11482 さん)への返信です.
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