スーパーモーニング。masaさんへ
投稿者: otabo1900jp 投稿日時: 2004/05/04 14:45 投稿番号: [163799 / 280993]
じぶんも鳥越さんをいい人だと思って今まで見ていたが、社会正義派と思っていたが、今度のことで、もしかしたら物事を自分の確信、思い込みでしか物をとらえることしかできない人と思うようなった。
例えば有名な鳥越氏の名を高めた「桶川ストーカー事件」、
これは鳥越氏の思い込みがたまたま当たっていたから社会に貢献できたケースだ、というふうに。
それはそれで高く評価できることだと思うが、
今回の人質事件では聞き逃せない言葉として「自己責任というなら、彼等は自分達の今までの功績によって解放されたのだからこれで自己責任をとったといえる。」というくだりだ。
イラクの国民性に詳しい曽野綾子氏が「聖職者協会の人が『日本は感謝が足りない』、と苦情をいったそうだが、これは謝礼金が足りないということだ、イラクは何かしたら必ず謝礼を求める社会だ。」と述べている。
真偽のほどは分からないが、週間文春でも人質一人100万ドル計60億円以上支払われたことになる、といっている。
国が使った費用はあちこちへの謝礼などその他で30億かかった、といっている。
今回のことで国は最善を尽くし救出のために多大なお金を使ったのは事実、
文春によると本人達の功績と解放金両方により解放されたといっている。
だが鳥越は政府によって解放されたのでない、政府の功績は何もないといいたいらしい。
結局鳥越はあの3人やあの家族にシンパシーを寄せすぎて物事を客観的に冷静に見れなくなっている、かわいそうな被害者に同情を寄せる単純な子どものような正義感のある左翼的な人だということを露呈してしまった。
ジャーナリストなら今回の事件の不可解な点を追求し解明しようとするが、あるいはなぜ批判がこんなにおきたのか検証しようとするがその姿勢がまったくない。
ジャーナリストと思うから腹が立つがそうでなかった、と思ってみればいいのだ。
あの3人に腹も立つが一方、若気の至りなんだから回りが日本の国民感情を考慮したまっとうなアドバイスしてあげれば、批判派も少しでも収まったのにとも思う。
例えば、わたしたちは医者が患者を治すのが仕事当然と知っていても診察が終わったら「ありがとうございました」という。
学校の先生にも学習塾の先生にも試験にうかれば自分の勉強のおかげと思っても「おかげさまで受かりました」という。
「きのう何度も電話したのにいなかったね」「ごめん、出かけてたんだ」って謝るべきでなくてもなぜかごめんといってしまう。
一方、彼等はあきらかに謝るべきことがあるのに謝らない、救出に全力を尽くした政府に感謝の言葉があってもいいと思うのに感謝の言葉が出ない、では普通の国民感情として「こんな礼儀知らずなやつのためにみんな本気で心配したのか、国は多大なお金を使ったのか、なんだかなー」と思うのも無理はない
例えば有名な鳥越氏の名を高めた「桶川ストーカー事件」、
これは鳥越氏の思い込みがたまたま当たっていたから社会に貢献できたケースだ、というふうに。
それはそれで高く評価できることだと思うが、
今回の人質事件では聞き逃せない言葉として「自己責任というなら、彼等は自分達の今までの功績によって解放されたのだからこれで自己責任をとったといえる。」というくだりだ。
イラクの国民性に詳しい曽野綾子氏が「聖職者協会の人が『日本は感謝が足りない』、と苦情をいったそうだが、これは謝礼金が足りないということだ、イラクは何かしたら必ず謝礼を求める社会だ。」と述べている。
真偽のほどは分からないが、週間文春でも人質一人100万ドル計60億円以上支払われたことになる、といっている。
国が使った費用はあちこちへの謝礼などその他で30億かかった、といっている。
今回のことで国は最善を尽くし救出のために多大なお金を使ったのは事実、
文春によると本人達の功績と解放金両方により解放されたといっている。
だが鳥越は政府によって解放されたのでない、政府の功績は何もないといいたいらしい。
結局鳥越はあの3人やあの家族にシンパシーを寄せすぎて物事を客観的に冷静に見れなくなっている、かわいそうな被害者に同情を寄せる単純な子どものような正義感のある左翼的な人だということを露呈してしまった。
ジャーナリストなら今回の事件の不可解な点を追求し解明しようとするが、あるいはなぜ批判がこんなにおきたのか検証しようとするがその姿勢がまったくない。
ジャーナリストと思うから腹が立つがそうでなかった、と思ってみればいいのだ。
あの3人に腹も立つが一方、若気の至りなんだから回りが日本の国民感情を考慮したまっとうなアドバイスしてあげれば、批判派も少しでも収まったのにとも思う。
例えば、わたしたちは医者が患者を治すのが仕事当然と知っていても診察が終わったら「ありがとうございました」という。
学校の先生にも学習塾の先生にも試験にうかれば自分の勉強のおかげと思っても「おかげさまで受かりました」という。
「きのう何度も電話したのにいなかったね」「ごめん、出かけてたんだ」って謝るべきでなくてもなぜかごめんといってしまう。
一方、彼等はあきらかに謝るべきことがあるのに謝らない、救出に全力を尽くした政府に感謝の言葉があってもいいと思うのに感謝の言葉が出ない、では普通の国民感情として「こんな礼儀知らずなやつのためにみんな本気で心配したのか、国は多大なお金を使ったのか、なんだかなー」と思うのも無理はない
これは メッセージ 162712 (masa03012 さん)への返信です.
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