RE:シンガポールの華僑の犠牲者
投稿者: yomiuri_news11 投稿日時: 2004/05/03 22:39 投稿番号: [162464 / 280993]
>日本軍は占領の翌日一六日、シンガポール陥落の大行進を行なった。戦車に乗った兵士が、戦死した戦友の遺骨の箱を胸にかけてのパレードであった[*15]。それから「SYONAN―TO」(昭南島)の時代となった。華人たちは、抗日戦争を戦っている母国の中国を支援し、また日本商品の不買運動を行なっていた。その反日分子を「粛清」することになった。占領三日後の一八日から一八歳から五〇歳の男性を集めて尋問し、反日分子の疑いをかけられた男性たちはどこかに連れ去られ、行方不明となっていた。その犠牲者の遺骸が、工業開発用地の造成によって掘り出されたのである。この犠牲者数を、文部省は一九八三年の中学校社会科教科書の検定で、六〇〇〇人と示した。陸軍省報道部機密文書の「六七〇〇人の華僑を処刑」に基づいていると思われる。二万人とする日本研究者もいるが、日本軍参謀杉田一次中佐の話によって書いたとする二万五〇〇〇人説もある。シンガポール政府は、数万人と発表している[*16]。
華人たちはシンガポール独立の月に「血債は血で償え」と日本を抗議する大集会を開いた。一九六六年日本政府はシンガポールと経済援助協定を調印し、政府間では「血債問題」は決着した。
その「血債の塔」が建設された当時は、そそり立つ高い塔で目立ったが、奇跡の高度経済成長を遂げて、その中央公園を囲むように高いビルが建ち並んだので、今や、か細く見える。それでも、中野君のように、なんだろうと近づいて漢字を読み、その塔のいわれを知る。
日本の軍機の模型がつっこんで
いる『国立博物館』正面玄関
(撮影・筆者、2001年3月22日)
私たちが訪れたシンガポール国立博物館では「太平洋戦争展」を開いていた。正面玄関の壁面に、日本の軍機の模型がつっこんでいる(写真参照)。日本の戦争責任の追及の手をゆるめていない。また戦争の記録づくりを進めている。その成果をまとめた本の序文に次のように書いている。
「どんなに多くの英雄が生まれようと、戦争は正しくありません。戦争は不正な行為なのです。戦争は死と破滅です。武器は五歳の子どもと、二十五歳の兵士の区別はできないし、軍事施設と祈りの場の区別もできません。『戦争ではなにをしてもすべてただしい』のです。
戦争を避けるには戦争そのものと戦争の原因を知ることが何よりも大切です。こうして自らの歴史を知る努力を重ねていけば、時間はかかっててもやがて、戦争の阻止に役立ちます。日本の占領下で起こった恐怖の数々を日本が無視しているのは、この点で危険です。 知識は力であり、また、相互理解に至る唯一の道です。」[*17]
いずれにしても戦争から目を逸らしてはいけない!
華人たちはシンガポール独立の月に「血債は血で償え」と日本を抗議する大集会を開いた。一九六六年日本政府はシンガポールと経済援助協定を調印し、政府間では「血債問題」は決着した。
その「血債の塔」が建設された当時は、そそり立つ高い塔で目立ったが、奇跡の高度経済成長を遂げて、その中央公園を囲むように高いビルが建ち並んだので、今や、か細く見える。それでも、中野君のように、なんだろうと近づいて漢字を読み、その塔のいわれを知る。
日本の軍機の模型がつっこんで
いる『国立博物館』正面玄関
(撮影・筆者、2001年3月22日)
私たちが訪れたシンガポール国立博物館では「太平洋戦争展」を開いていた。正面玄関の壁面に、日本の軍機の模型がつっこんでいる(写真参照)。日本の戦争責任の追及の手をゆるめていない。また戦争の記録づくりを進めている。その成果をまとめた本の序文に次のように書いている。
「どんなに多くの英雄が生まれようと、戦争は正しくありません。戦争は不正な行為なのです。戦争は死と破滅です。武器は五歳の子どもと、二十五歳の兵士の区別はできないし、軍事施設と祈りの場の区別もできません。『戦争ではなにをしてもすべてただしい』のです。
戦争を避けるには戦争そのものと戦争の原因を知ることが何よりも大切です。こうして自らの歴史を知る努力を重ねていけば、時間はかかっててもやがて、戦争の阻止に役立ちます。日本の占領下で起こった恐怖の数々を日本が無視しているのは、この点で危険です。 知識は力であり、また、相互理解に至る唯一の道です。」[*17]
いずれにしても戦争から目を逸らしてはいけない!
これは メッセージ 162399 (ppppppxya2002 さん)への返信です.
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