>★読売論説の疑問
投稿者: amadeusdus 投稿日時: 2004/05/01 23:39 投稿番号: [156338 / 280993]
>今回の問題でなぜ自己責任論が出てきたか、思い出してみたい。発生直後、主に家族と
>その周辺では、政府批判や自衛隊の撤退を求める声が相次ぎ、実に手際のよいデモや署
>名集めも行われた。一方で、自らの責任についての言及はほとんど聞かれなかった。
>他に責任を転嫁する前に、まず自らの責任を明らかにするべきではないのか。つまり、
>責任転嫁との対比で厳しく問われたのが自己責任だった。それ以上でもそれ以下でもない。
落ち着いた論調であり、議論に値するがそれにしては歯切れが悪い感が否めない。
深みも視野の広さも見えないからだ。「責任を転嫁」などしたのではなかろう。
死の恐怖の前に家族、支援者は最大限のアッピールをしたのであろうが、国内では
不幸にも誤解を生んだのが実態であろう。(皮肉にも人命の損失、政府の窮地という
最悪の結果を回避できた一因にはなった)
「自らの責任」は本人たちが明らかにしたように事前の覚悟もあった。甘さも認めた。
だが決して倫理に反したり、国益に反するものでもない。それ以上でもそれ以下でもない。
>テロにつけ込まれない、国際社会で尊敬される国をどう実現していくか。それこそ成熟
>した議論が求められている。
この論説の強調する成熟した議論には大いに賛成だが、自らは論調は村八分の風潮を追認しているだけに過ぎない。自分たちプロのマスコミはこんなへまをしないとでも言うのか?NGOへの理解も見られない。今、米軍の戦略転換が報じられている。
大手である読売は国際社会を本当に理解しているのであろうか?
これは メッセージ 155353 (eeechirou さん)への返信です.
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