イラクで日本人拘束

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人質だった2人が記者会見 NHK

投稿者: takeuchi0123 投稿日時: 2004/05/01 00:17 投稿番号: [151826 / 280993]
人質だった2人が記者会見

郡山さんと今井さんは、高遠菜穂子さんと3人で今月7日イラクのバグダッドに向かっていたところ、ファルージャ近くで武装グループに身柄を拘束され、9日間にわたって監禁された後、今月15日にバグダッドで解放されました。今月18日に帰国したあと実家のある宮崎県と北海道に帰って休養をとっていた郡山さんと今井さんは、30日午後5時半から東京・霞が関にある弁護士会館で記者会見を開いて拘束されたときの状況などについて話しました。はじめに郡山さんと今井さんが「ご支援いただいた日本の、世界の、そしてイラクのみなさん本当にありがとうございました」と解放に向けて協力した多くの人たちに感謝の意を表明しました。このあと2人は、ファルージャちかくの迂回路にあるガソリンスタンドで給油しようと車を止めたところ武装グループに拘束されたことなど、事件の経緯について説明しました。この中で今井さんは「ファルージャは危険だと知っていたが迂回したら安全だということを確認していたので出発した」と、出発をした理由を説明したあと「拘束されて車で移動している間、手榴弾を手に持った武装グループに銃を突きつけられている状態で、高遠さんは泣いていて、自分も恐怖で震えていた。また、ビデオカメラで映像を撮影されたときに、首にナイフを突きつけられたり、髪を引っ張られたりして、ものすごい恐怖だった」と恐ろしさを話していました。また郡山さんも「拘束された直後に、ほかの2人とは離されて1人で車に乗せられた。途中で車を降ろされたとき10人ぐらいの武装グループに囲まれて銃を押しつけられ、ば声を浴びたときには命が危ないと思った」と話していました。また拘束中のようすについて郡山さんは「拘束されて2日目までは室内に見張りがいたが、3日目以降は部屋の外で見張るようになり、6日目くらいには建物の外で見張りと一緒に食事をしたこともあった」と話していました。9日目にバグダッドで解放されたときの心境について、今井さんは「部屋に入ったらあなたたちは解放されたといわれた。そのあと日本大使館の職員がやってきてやっと解放されたと感じた」と話していました。また拘束されたことについて「自己責任ではないか」という指摘が出たことについて、郡山さんは「私はジャーナリストとして危険だからこそ現場に立って伝えなければならないという信念を持ち、リスクを背負って行動している。自己責任論はあてはまらないと思う」と話していました。今井さんは「自分にとっては今回の体験を日本の人たちに伝えることが責任だと考えている」と話していました。最後に今後の活動について今井さんは「劣化ウラン弾の被害を調査するのがイラクに行った目的だったので今後も、この問題や戦争の悲惨さを伝えていきたい」と話していました。郡山さんは「ジャーナリストとしてイラクの現状を取材にいったが拘束されて取材ができなかったので体験を生かしてイラクだけでなく世界中を自分の目で確かめてみなさんに伝えていきたい。今回は危機管理の甘さはあったが次につなげていこうと思う」と話していました。解放された3人のうち高遠菜穂子さんは精神的なショックで体調が良好でないとして会見には出席しませんでした。
04/30   23:13

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