高遠氏の内面追求 実は周りすら、
投稿者: erika_spjp 投稿日時: 2004/04/30 10:44 投稿番号: [148581 / 280993]
高遠の人たちは、全員ではないけれども、
なにかいつも、カメラなどを意識しすぎているような印象を受ける。
ナオコさんに関しては、カメラを意識することと、その反面、自分の世界に少し陶酔しているような感じで、深く内面を追求しているように見えて、
本当はあまり周りのことなど見えていないのではないかという、印象を受ける。
カメラを意識すぎているのか、
またそれが、なんともいえない、自然体でない、言い表せない印象を受けるんですよね。
分かりやすく言えば、郡山さんの家族と何か違う。
カメラを意識しすぎるにしても中味が熟していないと、することが計算っぽく見えてしまったり、子供っぽくみえてしまうし、何か不自然な感じを受けるし、
とってつけたような印象になってしまうし、それが逆に、やればやるほど共感を得るどころか、その逆になってしまうのでは?
(涙もろいはずの自分が、正直言って、もらい泣きが、微塵すらも出ない。)
見ている人の中には、そこにタマラナさを感じたり、眉をしかめる人なんかをだんだん増やしてしまうんじゃないかと。
そのなんともいえない感じというのは、自然に感じられるものだから、感じられない人には感じられないだろうし、これを理屈で説明することもできないことはないけれども、言っても伝えきれないかもしれない。
それからボランティアだからといって、
あの年で自分史のようなものを自費出版しても、悪いとは言えないし、自分の歩んできたものを、本に残して売り込むこともありだし、
色々な意味で、自分をアピールすることも、この社会を生き残っていく上でありかもしれないし、色々な意味でそういった行動によって、募金という協力者を得ることになるのかもしれないけれども、
(資金の流れを明確にすることは、今後必要だと思う)
だとしても、常にカメラを意識しすぎたり、他人の目を意識しすぎているような印象を受ける行動が、常に自然でないような印象を受けてしまう。
だから、もし今後、会見をするときがあれば、
人質から解放されたあの瞬間の、ちょっと突っ張った感じの、自然体の雰囲気の方が、絶対に自分を解放することになるんじゃないかと思うし、実は自然のままの方が、自然に受け入れることができると思う。
そのあたりは、まあよくわからないけれどもね。
これは メッセージ 148532 (kenkyu_ronbun さん)への返信です.
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