イラクで日本人拘束

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平和憲法について

投稿者: lgus4578 投稿日時: 2004/04/28 18:05 投稿番号: [144774 / 280993]
今回の事件を通じ、改めて「平和憲法」の持つ意味について考えさせられました。そもそもなぜGHQは、「日本」を一つの独立国として認めるならば本来ありえない「戦争放棄」という条項を入れたのでしょう。答えは日本人の危うい「国民性」にあると考えます。多くの日本人は幼い頃から「行儀良く」「礼儀正しく」「他人に迷惑を掛けない」と言われ続け極力、自我を抑えるよう躾けられます。その結果「個」を「集団」の中に埋没させることに慣れ「集団の一員」としてのアイデンテティーしか築けなくなっていると考えられます。(もちろん例外もあります)これでは「個」としての意識は育まれませんし、また「市民意識」は未成熟な段階に留まらざるを得ません。このような潜在的に集団主義意識の強い国民性のままでは、少しのきっかけで再び「全体主義」に走りかねません。GHQは日本人の精神性が未発達な段階にあると結論付け、言葉は悪いですが「サルに銃を持たせては危険」だから「平和憲法」という首輪を付けたのだと考えてます。(あくまで私見です)

敗戦の反省から、戦後の歴史教育は「平和教育」の名のもとに一つの方向性を持って行われてきました。「民主主義」を至高の価値と考え「全体主義」=「悪」という単純な図式でしか語られてこなかったのです。その理念自体は正しいとしても、前段で指摘したとおり現在でも多くの日本人の中には拭い難い「集団主義意識」が存在します。このため、今回の事件のように「異質な日本人」に対する反感という現実に直面した時に、「感情」のレベルでは正しいことが「理性」のレベルでは「悪」となってしまい、内在する矛盾に葛藤し続けるしかないのです。これは、極めて危険なことだと考えます。自分の心の中にもファシズムの芽が存在することを自覚し、多様な価値観を認め合う寛容さを体得できなければ、決して解消されない葛藤なのですから。

もしこの先日本が国際社会において、経済的側面だけに留まらない名誉あるポジションを得たいと志向するなら、決して題目だけに終わらない、本当の「個」と「個性」を育てる教育によってしかなし得ないと考えます。そして国民の一人一人が「個人」として自らの足で立ち「社会」と対峙する意識を持てた時初めて、首輪を捨てる事ができるのだと思います。
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