戦場カメラマンとしての自覚
投稿者: peupxs 投稿日時: 2004/04/27 02:39 投稿番号: [139077 / 280993]
ロバート・キャパや沢田教一さん・一ノ瀬泰三さんに憧れ
彼らを目標にしてる、フリーカメラマンやジャーナリストって
多いと思います。
確かに、英雄や伝説のようになってる部分がありますし・・・
けど一ノ瀬さんにしたって、万が一の時を考え
「地雷を踏んだらサヨウナラ」の言葉を友人に宛て残した事を思えば
彼らは、強いプロ意識と死を絶えず意識して戦場でシャッターを
押し続けたのだと思います。
強い使命感を抱き、生と死の狭間の中で伝えようとした写真は
多くの人々の心に訴えかけ、功績を残す結果となったのだから
彼らの死は決して犬死では無かったはずです。
でも、そうした彼らに憧れ同じように名前を残したい・・・ただそれだけの
そんな理由で、戦場カメラマンやジャーナリストになった人が
いるとすれば・・・例え名前が売れたとしても、
わたしは、その人を1人の人間としてとして尊敬はしないと思う。
目標とするなら結果だけでなく、彼らのプロ意識や志しなどを
知り理解しない限り、彼らを超えるモノは残せないと思います。
石川文洋さんや長倉洋海さんの写真を拝見しても、1枚の写真から
悲しみも・苦しみも・怒りも・気迫さえも伝わってきます。
長倉さんにしても、アフガンでの写真を撮るために語学を習い
寝起きを共にして、北部同盟の写真を撮り続けていました。
3人の方が人質になったと分かった当時、郡山さんの元かの?と
名乗る人のホームページを目にしました。彼女の書いていた
日記を読んだとき、郡山さんが彼女に言い残したと言う
「絶対、有名になって帰ってくるから」と言う言葉が・・・
本当に安っぽく感じてしまった。
郡山さんには、趣味として写真を撮っていって欲しいとさえ
今では思ってしまうほどです。有名になるとかってコトは
自分で決めるコトではなくて、結果として着いてくるモノだと思うから。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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