私もそう思います
投稿者: haruurarako2000 投稿日時: 2004/04/24 11:46 投稿番号: [129283 / 280993]
「自分探しの旅(趣味)」
【真の動機】
恵まれない人を助けることによって、「自分」が感謝されたい。感謝される「自分」を味わいたい。「自分」を誰かに必要としてもらいたい。等々・・・←(注:自分という文字を強調して読んで下さい。)だから、どんどんエスカレートしていって、もっともっとと危険なところへと行きたがったのではない?(ボランティア依存症とでも言いましょうか…)
【結
果】
相手(少年)が嬉しい。自分も嬉しい。←(注:この順番は相手が先です。感謝される「自分」を感じたいわけですから。)
この【結果】だけを外側から見れば、特に、外国人には「信念の人、愛の人」と見えるのかも知れません。でも、これって、自分の(自我の安定の)為にボランティアやってるだけであって、相手の為にやってるわけではないですよねぇ。
イラクで命の危険に晒されることよりも、イラクで人質にされてしまったことよりも(だって“人質!”ですよ〜)、この村社会日本で多くの村人を敵に回してしまったということの方により多くのショックを受けたということは、彼女が行っていたボランティアは、外国人が想像するような純粋で勇敢な信念のボランティアではなく、自分の(自我の安定の)為の趣味としてのボランティアだったからなのではないかとは考えられませんか?
相手のことよりも、自分が他人と濃密な人間関係を持ちたいから(日本では駆け寄ってきてキスをする少年はいませんから)イラクに向かったのではないの?こういう感情(個人的趣味)は、本来自分の彼氏や家族や友達等との関係で満たすべきことであって(尤も日本では彼氏でも駆け寄ってきてキスはしてくれないと思いますが)、ボランティアの目的が“自分が濃密な人間関係を味わいたいから”というのはどうなのかなあ?と思ってしまいます。
う〜ん。うまく言えない〜〜〜〜。
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