イラクで日本人拘束

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ミスコミュニケーション

投稿者: nellekebrunner 投稿日時: 2004/04/10 13:35 投稿番号: [12754 / 280993]
イラクで3人の民間人が誘拐され、サマワの自衛隊の撤退を要求していると報道されている。私はこの事件に4つの立場らか考えてみた。第一には誘拐された本人達の立場、第二にはその家族の立場、第三には日本の安全保障の立場、第四には犯人達の立場である。おそらく、この4つのパーティーが本件の当事者だと考えたからである。



私は海外によく行くが、最初の頃は自分の安全を大使館が守ってくれると信じていた。しかし、何回も危ない目に会い、その度に動いてくれない日本の国家公務員にいらいらしていた。自分以外に海外でもっとも頼りになるのは現地の人達である。下世話にも『遠くの親戚よりも、近くの他人』というが、自分が助かりたいという意志が現地の人達に伝えることができれば、それは一番功を奏する。1998年に私がドイツに旅行した時、デュッセルドルフで財布を取られた。しかも私はその犯人の顔を見ていたのである。しかし、警察も駅の警備員達も全く動いてはくれず、私はすっかり血圧が上がってしまっていた。私は英語でその事件の顛末を話していたのであるが、彼らは英語を理解できなかったようである。これは私の早口の英語に問題があるというよりも、私がコミュニケーション手段として英語を使ったことに問題があった。途方に暮れたあげく、私は駅の初老の警備員にたどたどしいドイツ語で話した。彼は一言も英語を話さず、ゆっくりとしたドイツ語で私の話を繰り返すと、適切な処置をとってくれた。その結果、事件発生から半日が経っていたが私の財布は手付かずで戻ってきたのである。郷に入れば郷に従えというが、誘拐された彼らはアラビア語の素養がどの程度あったのだろうか。ヨルダンからバクダッドまで空路を使わずに陸路を使ったのは恐らくは経費の問題だと思うが、そのリスク認知はどうだったのであろうか。私が誘拐された当事者であったなら、恐らくは日本政府にお願いするのではなくて、自分でなんとか脱出する道を探ると思う。

 

もし、私の家族が誘拐されその要求が私自身に対してではなく、他の人に対するものであったなら、恐らく土下座してでもその人に願いを叶えてくれるよう頼むであろう。自衛隊撤退は国論を二分した事項であり、私も反対の立場であることをこのセクションで以前に書いた。けれども、身内の者が危険にさらされている時に、政治論議をしている暇はないのである。親だったら自分の家を全て売り払って退職金を前借りしても自分の子供を救いたいと思うのではないだろうか。その熱意とひたむきさが世論を動かすことになろう。

 

テロリストの要求を呑むことは第二、第三のテロを生むことになる。北朝鮮が『米支援を3日以内に再開しなければ、拉致被害者の家族を殺すぞ』と言ってくるかもしれない。これは日本の国際社会での立場及び日本人の国内外での安全上、好ましいことではない。しかし、国家安全保障は社会法益であって、一人一人の個人法益があってこそ成り立つものである。1977年のダッカ事件時の福田元総理の『一人の人間の命は地球よりも重い』という言葉を軽々しく考えるべきではない。当時、赤軍派の囚人達と日航機の人質と交換したことは国際批判を浴びたが、私自身は個人主義の立場から福田総理のしたこの超法規的措置を誇りに思う感情があった。

 

今回のテロリストの要求はアメリカに協力している日本を非難したものであるから、日本がアメリカの存在いかんに関わらず人道支援をしていることを名実ともにデモンストレーションする必要があると思う。例えば、サマワで3000人の現地人を雇用することをアル・ジャジーラを通じて発表するなども有効だと思う。今回のような計画的なテロリスト達にとって、日本がアメリカのためではなくイランのために何かをしているという実証を示すことが必要なのだと思う。また、もし人質が殺されても、イランでの世論が違ってくる。アメリカ人(オイル)のためではなくイラン人(仕事)のために日本人はしてくれたのに罪のない日本人を殺したとなれば、テロリスト達の大義はなくなってしまう。
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