高遠日記
投稿者: bonsai_korechika 投稿日時: 2004/04/10 12:10 投稿番号: [12199 / 280993]
裸同然で路上に座り込んだ物乞い。ハンセン病で落ちてしまった10本の指。それでも合わせる手に込められた祈り。体を売ろうとする少女。金を稼ぐために舌を切られた少年。四肢のない物乞いを朝晩大通りに運ぶ人。乳飲み子を抱えて外国人を追いかける母親。排水溝に半身漬かったまま死にかけている人。横たわったまま顔の肉までもが腐ってしまった人。抱き合いながら路上で眠る親子。親のいない子供たち。外国にもらわれていく子供たち。最も貧しい人達に一生を捧げるシスターたち。
差し出された手に戸惑い、食べ物をくれと懇願する瞳を避け、あまりにも貧しい身なりに恐怖にも似た感情を覚え、足早に通り過ぎた。次の日、ポケットにコインをしのばせておいたのは貧しい人に対する「かわいそう」という気持ちから。タバコを買うつもりのコインを彼らに渡すようになったのは、それが日常になったから。渡したコインが少ないと少女に言われて憤慨したのは、カネをくれてやったのだというおごりが私の中に残っていたから。それでも、ポケットにコインを入れていたのは、受け取った手を合わせて「GOD BLESS YOU」と微かな笑みをくれた人がいたからだった。まっすぐに見つめあって笑いあうことができたからだった。私の心の中から魂が飛び出した瞬間だった。
モノをたくさん持ってることやカネをたくさん持ってることは人間の価値を計る基準にはまったくならない。そんなことはわかっていたはずだった。頭の中では常識のはずだった。それなのに、食べ物も服もお金も何もない人に与えることはあっても与えられることがない、心のどこかでそんな風に思っていたなんて…。でも、心の鎧を脱がしてもらって、裸になった時にやっと実感することができた魂の存在とその叫び。自分の一番奥にあるそれが私のプライドで、魂と魂の間にのみ芽生えるもの、それが愛だった。マザーはきっと、全ての人に自分の魂をさらけ出した。愛される理由はそこにあったのだと思わずにいられない。
私とほぼ同じ時期にマザーハウスにやってきた大学生の彼女は看護婦の卵だった。1年間の休学をしてきた彼女はごくマイペースに、ボランティア活動を続けていた。私は彼女より2ヶ月ほど早くインドを出ることにした。それは、グジャラート大地震の被災地で体験した「光」の余韻がどんどん薄れていく焦りと、カルカッタで再び「光」に包まれたいという願いが、切ない現実に沸き起こる怒りで消されていくのがよくわかったからだった。その時の私にはもう限界だった。「光」は見えるはずもなく、魂は再び頑丈な鎧に包まれて、私の肉体を打ち破ることができないでいた。
別れの朝、彼女は手紙をくれた。飛行機の中でそれを読んで私は愕然とした。「追伸」という形で書かれていたのは、私がグジャラートの被災地で体験した「光」についてだった。
「私はずっとなおさんが羨ましいと思っていた。私も光に包まれたいってずっと思ってた。だけど、もしかしたら私はずっと光に包まれているからその光に気付かないのかもしれないなって。これって良く考え過ぎ?」
彼女はボランティアワークに向かう朝の道も帰り道も、毎日出会う人々がステキでうれしくてしかたがないと言う。患者が一人で爪を切ったのを見て泣けたと言う。道を譲ってくれたインド人がいたから1日がハッピーになると言う。こんなに幸せでいられるのなら、私はきっと光に包まれているのかもしれない、と。そして、やっぱり看護婦という仕事が好きだと続けた。書かなければならない書類仕事は山のようにあるけれど、私はマザーハウスで学んだことを忘れない。どんなに忙しくても患者さんと向き合っていく自信がついた、と書いてあった。
彼女は本当の「ボランティア」だ。魂をさらけ出し、愛を体現する。苦しみの中に希望を見出す。それができるのはただ一つ、愛。「光の体験」は特別な状況においてのみ現れる現象ではなかったのだ。ボランティアは特別なことじゃなかったのだ。それは人間の究極の望み、人間が最も幸せを感じる「魂の仕事」だったのだ。
怒りと憎しみ、金や権力への欲望、それが生み出す戦争、差別、貧困、数えあげればキリがない人間の悲しい性。けれど、終りは来ないと言ってあきらめてしまったら人間は生まれてきた意味を失う。人間はきっと本能的に愛に生きることを知ってるんだろう。それは全ての基盤であるはずだということも知ってるんだろう。カルカッタは困難の極みだった。その中で私は「私のカルカッタ」を見つけてしまった。もう、目を逸らすことはできない。
この次に私がする仕事、生活のためにする仕事もきっと「ボランティア」の精神に基づいているだろう。それが、どんな仕事でもこのスタンスは崩さないだろう
差し出された手に戸惑い、食べ物をくれと懇願する瞳を避け、あまりにも貧しい身なりに恐怖にも似た感情を覚え、足早に通り過ぎた。次の日、ポケットにコインをしのばせておいたのは貧しい人に対する「かわいそう」という気持ちから。タバコを買うつもりのコインを彼らに渡すようになったのは、それが日常になったから。渡したコインが少ないと少女に言われて憤慨したのは、カネをくれてやったのだというおごりが私の中に残っていたから。それでも、ポケットにコインを入れていたのは、受け取った手を合わせて「GOD BLESS YOU」と微かな笑みをくれた人がいたからだった。まっすぐに見つめあって笑いあうことができたからだった。私の心の中から魂が飛び出した瞬間だった。
モノをたくさん持ってることやカネをたくさん持ってることは人間の価値を計る基準にはまったくならない。そんなことはわかっていたはずだった。頭の中では常識のはずだった。それなのに、食べ物も服もお金も何もない人に与えることはあっても与えられることがない、心のどこかでそんな風に思っていたなんて…。でも、心の鎧を脱がしてもらって、裸になった時にやっと実感することができた魂の存在とその叫び。自分の一番奥にあるそれが私のプライドで、魂と魂の間にのみ芽生えるもの、それが愛だった。マザーはきっと、全ての人に自分の魂をさらけ出した。愛される理由はそこにあったのだと思わずにいられない。
私とほぼ同じ時期にマザーハウスにやってきた大学生の彼女は看護婦の卵だった。1年間の休学をしてきた彼女はごくマイペースに、ボランティア活動を続けていた。私は彼女より2ヶ月ほど早くインドを出ることにした。それは、グジャラート大地震の被災地で体験した「光」の余韻がどんどん薄れていく焦りと、カルカッタで再び「光」に包まれたいという願いが、切ない現実に沸き起こる怒りで消されていくのがよくわかったからだった。その時の私にはもう限界だった。「光」は見えるはずもなく、魂は再び頑丈な鎧に包まれて、私の肉体を打ち破ることができないでいた。
別れの朝、彼女は手紙をくれた。飛行機の中でそれを読んで私は愕然とした。「追伸」という形で書かれていたのは、私がグジャラートの被災地で体験した「光」についてだった。
「私はずっとなおさんが羨ましいと思っていた。私も光に包まれたいってずっと思ってた。だけど、もしかしたら私はずっと光に包まれているからその光に気付かないのかもしれないなって。これって良く考え過ぎ?」
彼女はボランティアワークに向かう朝の道も帰り道も、毎日出会う人々がステキでうれしくてしかたがないと言う。患者が一人で爪を切ったのを見て泣けたと言う。道を譲ってくれたインド人がいたから1日がハッピーになると言う。こんなに幸せでいられるのなら、私はきっと光に包まれているのかもしれない、と。そして、やっぱり看護婦という仕事が好きだと続けた。書かなければならない書類仕事は山のようにあるけれど、私はマザーハウスで学んだことを忘れない。どんなに忙しくても患者さんと向き合っていく自信がついた、と書いてあった。
彼女は本当の「ボランティア」だ。魂をさらけ出し、愛を体現する。苦しみの中に希望を見出す。それができるのはただ一つ、愛。「光の体験」は特別な状況においてのみ現れる現象ではなかったのだ。ボランティアは特別なことじゃなかったのだ。それは人間の究極の望み、人間が最も幸せを感じる「魂の仕事」だったのだ。
怒りと憎しみ、金や権力への欲望、それが生み出す戦争、差別、貧困、数えあげればキリがない人間の悲しい性。けれど、終りは来ないと言ってあきらめてしまったら人間は生まれてきた意味を失う。人間はきっと本能的に愛に生きることを知ってるんだろう。それは全ての基盤であるはずだということも知ってるんだろう。カルカッタは困難の極みだった。その中で私は「私のカルカッタ」を見つけてしまった。もう、目を逸らすことはできない。
この次に私がする仕事、生活のためにする仕事もきっと「ボランティア」の精神に基づいているだろう。それが、どんな仕事でもこのスタンスは崩さないだろう
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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