子どもが溺れていましたの例え話
投稿者: jyawa117 投稿日時: 2004/04/21 16:15 投稿番号: [114453 / 280993]
たとえ話がけっこう好きなのでレスしたいと思いました、自分も溺れた子供の話の場合はどうなるんだろう?とか考えたりしたのですが、一つ思ったことはほんとうに目の前で、溺れた子供がいてそこへ「反射的」に飛び込む事と、たぶん報道などを見たりしてイラクに行き援助を行うとゆう事はまた意味合いがちょっと違うんではないでしょうかね・・・
目前で溺れる子供を助けようとし場合は非難される事はないと思うんですが、他国まで行ってとなると、距離感がありますね、距離感とゆうのは現実のkmだけではなくて心理的な距離感があり、思考する時間などもあるように思えるんですけどね、一方今目の前で溺れようとしている子供は、実距離も心理的距離も差し迫っていて、いわば反射的に行ってしまう感じがしています。
それから海に飛び込む時はお金がかからないと思うんですが、イラクへ行くにはお金も時間もかかります、自分の場合に例えると、溺れる子供へは飛び込むかもしれませんが、イラクへはお金も時間もなく行けないです、もう一つ付け加えるとそのくらい理性的な部分が海外に行く場合はあるんじゃないでしょうかね、海へは理性じゃなくて衝動だけで飛び込めるかもしれないんですけどね。
(これは特別、あなたを批判しようとするものではありません、言わんとすることはよくわかりますので怒らないいただきたいです)
これは メッセージ 114352 (garuru55555 さん)への返信です.
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