テロに屈しない=テロよりも強くあるべき
投稿者: sakanesakura 投稿日時: 2004/04/10 09:35 投稿番号: [11343 / 280993]
テロに屈しないとは、テロよりも強くあるべきということで、強さを求める表現だ。しかし、それにはコストや代償がかかる。
政府が、テロに屈しないと言った回数と、テロが起こらない世の中にするといった回数はどれぐらいの差があるんでしょうかね。
テロが起こりにくい世の中とは、人命が尊重されて、法に関連する権力が同じくらいにいくつかに分かれていて、法が機能する世界。
テロの要求をのんで国際的な信用を一度失っても、必ず回復する。
反対するのは国債や株式などの財産を持っていて、下がるのが見たくない人たちだ。
本来テロリストはあとで見つけて裁くことができるものだが今回は難しい。
この2年で見せつけられたのは、法が機能しない世界と、権力が分かれてバランスしていない世界のひどさだ。日本も例外ではない。
これも官邸に送っておきましたよ。とっくにわかってるだろうけど。
テロが起きる国やテロに狙われる国というのは、それだけ失敗しているということだと思う。国の信用は落ちているか、その兆候なのである。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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