筑紫氏の報道はジャーナリズムではない
投稿者: minoru_jp2000 投稿日時: 2004/04/20 23:47 投稿番号: [109486 / 280993]
もう見まいと思いつつ、少しは番組に変化があったのかと期待した。しかし、相変わらずの筑紫節。
彼のニュース番組では、三人の人質ビデオで演出があった事実を、「犯人に脅迫された」という表現で紹介している。表現の仕方で伝わり方が違うのは、わかっているはず。確信犯としか言いようが無い。それだけではない。
海外の日本での人質事件に対する批判的な現状を「奇異」だと表現して、紹介した。
コメンテーターや筑紫氏は、日本での批判を「不思議だ」「奇異だ」というだけで片付けてしまっている。解放された安田氏もその現状を「悲しい」と表現した。
日本で起きている批判が何故「奇異」なのか「不思議」なのかということも分析・解説せずに、適当に片付ける行為はジャーナリズムなのか、真摯に考えて頂きたいものだ。彼らの意図する観点だけは詳細に解説するにも関わらず、反対意見は「奇異」という言葉で全て片付けてしまう。そんな卑怯な報道は報道ではない。
普段は怒ることのない私も、こういった身勝手な報道を目にするとさすがに怒りを抑えきれない。
これは メッセージ 1 (topics_editor さん)への返信です.
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