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>>>ムパタ

投稿者: ririy_3333 投稿日時: 2004/06/28 01:37 投稿番号: [87 / 1408]
>ティンガティンガが、気前よく絵画をかいて色んな人に渡してて、お金もほとんど貰わなかったという話を何かの本で読みました。

ほんとにただ絵を書くのが好きで、
ほんの小銭もらってお酒を飲めれば幸せ!みたいなかんじだったらしいですね(しかも有名になった後も本人全くおかまいなくで)。

ちなみにわたしのPCの壁紙はピンクのサイです!

良かったら、

Simon George Mpata & Tinga Tinga Painters
−S・G・ムパタとティンガティンガ工房の歴史−

1942年   6月21日   タンザニアの、モザンビークとの国境の町 トゥンドゥルに、4人兄弟の末っ子として生まれる。
1960年頃 兄の エドワード・ティンガティンガを訪ねて首都のダルエスサラームへ。
1968年 先妻と結婚し、長女アグネス誕生。この頃より絵を描き始める。
1971年 先妻と別れ、ケニアへ。ナイロビでエリザと出会う。
1972年 ナイロビのギャラリーで絵を売り始める。
     兄のティンガティンガ、ダルエスサラームにて警官に謝って撃たれ死亡。
     ティンガティンガ没後も、彼が編み出した独特の絵画手法は、ムパタや弟子たちによって引継ぎがれる。この頃より「ティンガティンガ派」と呼ばれるようになる。
1974年 エリザとの間に長男エドワード誕生
1976年 インド人のパトロンにアトリエを与えられて連日、酒と創作に励む。
1977年 ムパタと仲間たちにより、ティンガティンガ・パートナーシップという最初の財団が設立される。
1979年 西ベルリンにて“Modern African Art”展が開催され、東アフリカの代表作家として本人の知らないうちに、ヨーロッパでデビュー。
1984年 8月   泥酔のまま、旅にでる。(後日確認)
\xA0 11月8日   ニューヨークの“East 7th Gallery”にて個展。オープニングにはローリー・アンダーソン、アンディ・ウォホール、キース・ヘリングら著名人が多数出席し、
    絶賛を博す。
12月8日   全米各地より個展依頼が来るが、本人の所在確認できず。
1985年 1月12日   写真家・内藤忠行氏がアフリカへ渡り、死亡を確認。墓石には“Born in 1942 Died in 1984”、裏には“Live in Peace”。
1985年 6月   東京で初の個展開催(有楽町マリオン)。その後、全国を巡回。
1993年 6月   亡き夫の遺志を引き継ぎ、創作を続けてきた妻エリザ 死亡。
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